湖南平和堂の日本人幹部も店の経営方針を教えてくれた。

「店がオープンする前、私たちは消費者たちがきっと価格を厳しくチェックするだろうと覚悟していた。しかし、運営してみるとどうも違うと感じた。調査してみたら、消費者からは安全と安心を求められているのを知った。価格をめぐる過当競争に突入するよりも、むしろ安全、安心を前面に出して、消費者に認識してもらうことが重要だと軌道修正している」。

2006年4月に公表された「上海市民の食品安全に関する意識」という調査報告から、80％以上の市民が食品の安全に関心を持ち、残留農薬、違法添加物の使用、食肉の安全性問題が最も注目されているという事実が確認できた。

09年から、日本が中国人観光客に対して個人観光ビザを発行するようになってから、食の安心・安全を求める中国の消費者の一部は日本製食品を買い求めて自主防衛の対策を取り始めた。越境ECが全盛時代を迎えた今は、ネットを通して海外の食品を購入する所得のわりと高い消費者が年を追うごとに増えてきた。

■日本製品への全幅の信頼、ビジネスチャンスを見出したのは…

1980年代生まれ以降の若い世代は貧しかった文革時代はもちろんのこと、物質的に極端に不足する計画経済時代のことも知らない。一方、海外旅行に手軽に行けるようになって十数年も経った今、若い世代は安全・安心をモットーにするイメージの強い食品を含む日本製品に対して全幅の信頼を寄せている。そこへビジネスチャンスを目ざとく見出した輩（やから）が現れた。こうして訳の分からないニセ日本製品の氾濫現象が巻き起こった。

例えば、「北海道味のチーズ使用」というキャッチフレーズで売り出したチーズケーキがある。さらに「Aji」というブランドで販売する「チーズ味ケーキ」「牛乳味ケーキ」がある。日本に移住して35年経った私だが、「北海道味のチーズ」と言われても見当がつかない。北海道味のチーズがあれば、青森味や新潟味のチーズがあってもおかしくないはずだ。じゃ、その青森味や新潟味をどんな味にすればいいのかという問題が浮上する。

その製造・販売会社は2018年に設立された「知光堂」という会社で、東京都渋谷区の雑居ビルにオフィスを設けている。おそらくベビー食品の製造・販売で知られるアサヒグループの「和光堂」の社名とブランドを意識して消費者の誤判断を意図的にミスリードしようとネーミングした社名だろうと思う。

木の年輪をイメージするバウムクーヘンにも「森木の［木庄］」と日本食品を思わせる名を使う商品が「好時楽（HAOSHILE）」というブランドから出ている。

この商品名に出ている「森木」はおそらく「森林」のことを言いたかったのだろう。［木庄］とは「杭」や立木の幹のことを意味するが、日本語にはない中国の簡体字だ。そんな日本語の漢字と中国語の漢字との違いも全然理解せずに考案された商品名だと容易に想像がつく。この程度の日本語の語学力しかないから、おそらく考案した本人も果たして消費者が狙いの通りついてくれるのかと不安を覚え、逆にもっと日本語でアピールしたくなる。それで、商品包装に「和風ケーキ」「とてもいい味　日本の味から」というセールス文句を入れた。

つい数年前までは、単価が高い電気製品、ブランド品のバッグや服装などの模造品、海賊版を製造・販売する不良業者が多かったが、今やこうした日常生活に常用する単価の低いケーキ、クッキー類にまで偽物の製造・販売業者が手を伸ばした。

食品の品質が消費者の健康ないし命に危険を及ぼす恐れがあるだけに、こうしたニセ日本製食品の氾濫を、絶対見逃してはいけない。世界の市場になるだろうと思われる中国市場であるだけに、声を大にして跋扈（ばっこ）するニセ日本製食品を断固として駆逐しようと呼び掛けたい。

■筆者プロフィール：莫邦富

1953年、上海市生まれ。85年に来日。『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーに。そのほかにも『日中はなぜわかり合えないのか』、『これは私が愛した日本なのか』、『新華僑』、『鯛と羊』など著書多数。
知日派ジャーナリストとして、政治経済から社会文化にいたる幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭」といった新語を日本に定着させた。また日中企業やその製品、技術の海外進出・販売・ブランディング戦略、インバウンド事業に関して積極的にアドバイスを行っており、日中両国の経済交流や人的交流に精力的に取り組んでいる。
ダイヤモンド・オンラインにて「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見」、時事通信社の時事速報にて「莫邦富の『以心伝心』講座」、日本経済新聞中文網にて「莫邦富的日本管窺」などのコラムを連載中。
シチズン時計株式会社顧問、西安市政府国際顧問などを務める。

Facebookはこちら