両岸交流に尽力された星雲大師が遷化された

小島康誉    2023年2月6日(月) 16時20分

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世界各地の300余りの寺院での仏教、さらには教育・福祉活動などを通じて、人々を救い導いてこられた星雲大師が5日、遷化された。写真は左から星雲大師、水谷幸正先生、筆者。

世界各地の300余りの寺院での仏教、さらには教育・福祉活動などを通じて、人々を救い導いてこられた星雲大師が5日、遷化された。享年96歳。筆者は「人民網」「環球網」「天山網」「新疆網」「百度」などを日々検索しているが、6日早朝、「百度」で星雲大師遷化の報に接した。

星雲大師は1927年8月19日、江蘇省揚州市生まれ。俗名は李国深。1938年に12歳で得度。1948年に南京の華藏寺監院に就任。1949年に蒋介石軍と共に台湾に渡り、台湾仏学院学僧となる。中国国民党に加入。寿山寺建立などを経て1967年に佛光山寺を開山。以来、台湾はもとより世界各地に寺院や教育機関などを開設。日本にも東京・大阪・名古屋などにある。南京大学仏光楼を建立するなど両岸交流に積極的に取り組まれ、江沢民国家主席や習近平国家主席とも会見されている。

ちなみに筆者は北京サイドの「両岸交流促進を」との求めに応じて2001年2月、台湾を訪問した。中国仏教協会はもとより台湾仏教界とも親交のある師僧・水谷幸正先生(佛教大学学長)に紹介を依頼した。水谷先生と共に星雲大師・呉伯雄国民党副主席(後に主席)と会見。文物展開催など両岸文化交流について協議し、協力するとの回答を得た。5月に水谷先生と釣魚台国賓館で北京サイドに台湾側協力表明を伝えた。12月には中国共産党中央統一戦線部の王兆国部長と人民大会堂で会見し、台湾側協力表明やニヤ遺跡調査などを報告した。

筆者と大陸側の海峡両岸関係協会の王道涵会長との会見もセットされたが、氏の健康状態などで中止された。国民党政権下の2008年12月から翌年3月にかけ台北の歴史博物館で「楼蘭の美女」ミイラ、日中調査隊発掘「王侯合昏千秋萬歳宜子孫」錦、「西域のモナリザ」壁画など約150点を展示する「絲路伝奇-新疆文物大展」が開催された。

世界各地で人々を救い導かれるとともに、両岸交流に尽力された星雲大師のご冥福を心よりお祈り申し上げます。お会いしたのは一度だけなのに、今も東京佛光山寺より盆暮にお茶などをいただく。これも星雲大師と水谷先生のご人徳であろう。ありがとうございました。


■筆者プロフィール:小島康誉


浄土宗僧侶・佛教大学内ニヤ遺跡学術研究機構代表・新疆ウイグル自治区政府文化顧問。1982年から新疆を150回以上訪問し、多民族諸氏と各種国際協力を実施中の日中理解実践家。
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※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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