激変する世界のメディア=日本の発信力は大丈夫か?―赤阪清隆元国連事務次長

赤阪清隆    2023年12月2日(土) 8時0分

拡大

日本から海外に向けて情報発信を行うに当たっては、もはやインターネットを通じたオンライン情報とSNSの活用が欠かせない。写真は富士山。

日本のみならず世界のメディアの状況は目下、息をもつかせぬほどの速さで変化している。「十年ひと昔」どころではなく、今や1、2年もたてば新しい事象が生じて、昔の常識が通用しなくなってしまう。例えば、チャットGPTなど、出現してからまだ1年ほどしかたっていないのに、世界中にあっという間に広がった。この慌ただしい変化についていくのは、若者でもない限り、なかなか大変である。彼らの現下の行動パターンを見る限り、これからのメディア界はインターネットとフェイスブックなどのSNSが主役を務めるのは明らかであろう。

新聞の世界には、たいへんな変化が起きている。大学などで学生相手に質問してみればわかるが、日本の若者は、最近ほとんど新聞を読まなくなった。何でもかんでも、スマホで済ませている。総務省が2020年に発表した調査結果では、10代から50代までインターネットを利用する人が8割超に上るのに対し、新聞利用率は、20代以下では3%以下、30代でも約6%でしかない。2023年夏に新聞通信調査会が実施したメディアに関する全国調査では、ニュースを読んだり、見聞きする率が一番高いのは「民放テレビ」で、続いて「インターネット」「NHKテレビ」「新聞」「ラジオニュース」の順になっている。

海外、特に米国でも、紙の新聞の購読者数の凋落が激しい。新聞通信調査会が2022年末に実施した調査によれば、米国、中国はインターネットからのニュースの入手が一番で、タイではSNS(フェイスブックなど)、英、仏、韓国はテレビが第1位だ。米、中、韓、タイでは、新聞はインターネット、SNS、テレビの後塵を拝した。

英国の関係者によれば、英国人は日本の政治経済情勢よりも伝統的な文化、歴史、ポップカルチャー、食文化などへの関心の方が高い。そして、それらの情報源は主にインターネットの趣である。特に若者は、主としてインスタグラム、ティックトック、リンクトインなどのSNSを活用して情報を得ているという。ロンドンのジャパンハウスでは、壁一面に映された動画が日本のマンガアニメなどを紹介している。若者は動画でマンガ、アニメ、ゲームなどから日本に関心を芽生えさせ、それからさまざまな日本文化や伝統芸術に関心を広げていく模様である。

日本から英語で対外発信をするメディアとしては、NHKワールドや時事通信、共同通信、ジャパン・タイムズ紙など、数多くの媒体が存在する。しかし、欧米の主要メディアに比べると、まだ残念ながら世界への影響力は弱い。日本がバブル経済に沸騰していた1980年代は、世界の人々の目が当然のように日本に向いた。あれから30年以上が過ぎて、もはやそのような状況にはない。日本自身が海外向けの情報発信に相当の努力をしない限り、日本への関心は減り続け、日本の国際的なプレゼンスや影響力が一段と低下する危険性がある。

日本から海外に向けて情報発信を行うに当たっては、もはやインターネットを通じたオンライン情報とSNSの活用が欠かせない。目下対外情報発信を担う主要機関としては、プレスや政府関連機関などのホームページを除けば、以下の団体が挙げられる。

(1)日本外国特派員協会(FCCJ)。同協会は主に、大谷翔平選手などの人に注目し、記者会見を用意して、参加のプレスからすぐに記事が出る。

(2)日本記者クラブ。同クラブは、福島第一原発の処理水放出などのトピックスに注目して、関連人物の記者会見を用意し、これも参加のプレスから記事が出る。

(3)フォーリン・プレスセンター(FPCJ)。ここもトピックス型だが、有識者によるブリーフィングにより、すぐには記事にならなくとも、記者の参考になる有益な情報を提供する。

(4)ニッポンドットコム。日本のあらゆるニュースや記事をオンラインで提供しているが、日本語、英語に加えて、フランス語、スペイン語、中国語(繁体字および簡体字)、ロシア語、アラビア語という多言語での発信に大きな特徴がある。

(5)日本英語交流連盟(ESUJ)のウエブサイト「日本からの意見(JITOW)」は、2000年以来、さまざまなテーマについて幅広い分野の識者の意見を発信している。

海外に向けた日本の発信力強化のためには、これらの機関の強化、特にさまざまなSNSの活用強化が不可欠だ。あわせて、英語で日本を正確に説明できる人材の育成とメディア訓練も欠かせない。米国通商代表部の日本担当部長だったグレン・S・フクシマ氏は、日本が発信力を高めるためには、「英語で日本を的確に説明できる人材を、一定数育てることが必要」(中央公論2017年9月号)と指摘している。現在、日本人として初めてBBCテレビ放送のレポーター兼プレゼンターをしている大井真理子さんのような、有能かつ積極果敢な人材がもっと欲しい。加えて、SNSを自由自在に駆使して、広く世界に向けた発信ができる人材が必要だ。ディープLやチャットGPTを使えば、かなりの精度ですぐに外国語に翻訳することができるので、翻訳面のハンディキャップは大幅に緩和されつつある。

こうなると、残る課題は私たち自身の気持ちの持ちようであろう。チャットGPTのように新しい技術が現れた時、好奇心をもってこれを使いこなそうとするのか、それとも、拒絶反応を起こして新しいことに挑戦することをあきらめてしまうのか、の違いである。確かに、朝起きて、朝刊を広げて世の中の動きを知るという快感は、スマホでは味わえない気がする。しかし、そこで止まってしまっていては、絶滅危惧種タイプの人間グループにお蔵入りである。

最近、フェイスブックやX(旧ツイッター)、インスタグラム、リンクトインなどを通じて、新しい情報を送ってくる人がずいぶんと増えた。目新しい出来事、日々の生活ぶり、レストランや自宅での食事の内容、友達との旅行のことなど、内容はさまざまだ。こういう情報を受け取って、「うるさいな」とか、「よほどのヒマ人か、露出狂か?」などという反応を示してはいけない。このような人たちは、まさに時代の潮流の高い波に乗って、未来の情報発信のあり方を先取りする先駆者なのだから。ユーチューブなどを乱用して他人を誹謗中傷するのにSNSを使うのはいただけないが、このような先駆者の中から、将来の日本の対外発信を担う人材が育つことを期待したい。

■筆者プロフィール:赤阪清隆

公益財団法人ニッポンドットコム理事長。京都大学、ケンブリッジ大学卒。外務省国際社会協力部審議官ほか。経済協力開発機構(OECD)事務次長、国連事務次長、フォーリン・プレスセンター理事長等を歴任。2022年6月から現職。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携