松野豊 2022年9月16日(金) 22時0分
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今年は日中国交正常化50周年だが、在中公館や日中ビジネス関係者を除くと、まったく盛り上がりに欠けているのが現状である。写真は天安門。
今年は、日中国交正常化50周年の年だ。年初にはいろんな行事が企画され、筆者もいくつかのイベントの構想段階に参加してみた。しかし実際のところ、在中公館や日中ビジネス関係者を除くと、まったく盛り上がりに欠けているのが現状である。
原因は言うまでもなく、現在の日中関係は悪化していて、とてもそういう雰囲気になれないからである。背後には米中関係の対立の先鋭化があり、ウクライナ紛争や台湾問題なども当然関係している。日中関係の重要性自体は双方とも感じているのだが、近未来の日中関係については、何も描けない状態に陥っている。
日中関係を語るとき、必ず俎上に上がるのが日中の国民間に存在すると言われる「誤解」である。中国のネット世論を見ていると、必ず中国の政府も国民も日本側の「認識の誤り」を取り上げて話を展開する。一方で日本側が問題にしているのは主に中国のあり方についてであり、中国が日本に対して何か誤解しているということではない。だから現在の日中関係を改善するための論点は、まったくかみ合わない状態が長く続いている。
日中関係は多少の改善がみられる時期もあったが、基本的には双方とも相手方の印象が悪いまま推移してきた。筆者は、中国政府や国民が日中関係の硬直化の原因だと考えている要因については、ある程度固定されてしまっていると思う。
前駐日大使であるT氏の発言(2022.9.8環球時報掲載)を取り上げてみよう。彼は日中関係硬直化の原因は、“日本側に”以下の3つの核心的な問題があるからだと述べている。
1.日本が中国の急速な発展を心理的に受け入れない
2.日本のメディアが中国の正しい姿を伝えない
3.日本政府の盲目的な米国追従
ここで“日本側に”と前提をつけたのは、T氏は中国側の問題の所在には一切触れていないからである。「日中関係の悪化は、すべて日本に責任がある」というのが中国政府の基本的態度であるから、本来はその土俵で議論をすべきではないのだが、本稿では「中国人の論理」を抽出することを目的としているので、まずは上記3つの問題を取り上げてみることにしたい。
1の見方は、正直いつの時代の話だろうと思う。確かに2010年頃に中国がドルベースのGDPで日本を上回って世界第二の経済体になり、それを中国メディアが盛んに報道した時期があり、その時日本人にやや忸怩たる思いがあったことは確かだ。
しかしそれから10年以上が経過した。日本人は、人口も国土も日本の10倍以上ある中国が経済規模で日本を上回ること自体は当然だと思っている。問題は中国の経済規模ではないのである。
日本人が中国の経済発展を快く受け入れられず複雑な思いを持つ理由は、中国の発展形態に異議があるからである。決して中国の発展を妬んでいるからではない。中国の国家資本主義、金銭至上主義、知的財産権侵害など、その発展手法そのものが物理的にも心理的にも受け入れ難いのだ。
現在の中国人の底流に流れる思考原理は、「発展至上主義」であろう。言い方を変えれば「結果主義」という表現も当てはまる。つまり中国人は、体制問題などの議論は避けて、経済的発展という結果だけを議論の土俵に上げて語っている。
もちろん中国が国民の努力で経済発展した「結果」は日本人も尊重したい。しかし日本人は結果主義ではなく、その結果が得られる過程を重視する「プロセス主義」だ。どういう風に発展したかということがとても重要なのだ。しかしこうした日本人の評価は、現代中国人にとっては理解不能なのかもしれない。
2の日本メディア偏向論は、日本でも特に中国ビジネス関係者の一部にも支持される意見のひとつである。まずメディアの位置づけについて考えてみたい。中国人は、「メディアの報道は、政府の意向を反映しているものだ」と思い込んでいる節がある。しかし日本や欧米では、「メディアはすべて商業メディアであり、記者が書く記事もすべて個人かある集団の意見に過ぎない」という言い方が正しい。
乱暴に言えば、日本のメディアには中国の“正しい”姿を伝える義務などはなく、それを正しいかどうか判断するのは、あくまで読者であるということだ。確かに商業マスメディアの世論形成力は大きいが、だからと言って日本国民がメディアに洗脳されてしまい、みんな反中になっているという指摘は正しくない。
筆者は中国でこんな経験をした。中国人は、日本のメディア報道についてそれが“正しい”のかどうかを私に聞いてくるのだ。実際は、報道内容が正しいかどうかではなく、何を根拠に報じているのかといった客観性の担保の方が重要なはずだ。日本のメディアが南京事件について日本国民に“正しく教える”というような構図は、日本には存在しないのだ。
3の米国追従論については、1、2と違って日本国民も少しは理解ができる主張ではある。しかし日本が政治的・経済的に米国に追従しているというのは、戦後の米国占領下の歴史を紐解いて考えればやむを得ない面もある。だが筆者はこうも考える。日本は確かに米国追従が基本なのだが、見方を変えれば戦後ずっと「米国をうまく利用してきた」のだ。
最後に、T氏が日本が米国の「コロナ中国起源説」にまで追従して賛同していると主張していることについて。中国人は、コロナの感染拡大責任が中国にあるという指摘は100%否定したいだろうし、それはそれで理解できる。
コロナ感染拡大の責任問題を考えるときには、当然科学的・合理的な主張が重要であり、日本人もそれを見て個々に判断する。しかし感染責任問題と日本の米国追従を結び付けて語るというのは、日本人が政治的思惑だけで物事を考える国民であるかのような指摘だ。だからこの言い方は、あまりに稚拙なロジックに基づくものだと感じてしまう。
以上本稿では、硬直化している日中関係に関する中国側の指摘に対する反論を試みた。中国側からの再反論も当然あろう。しかし筆者は、こうした議論過程で抽出されてくる中国人の思考論理といったものにとても興味を覚えるのである。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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