池上萬奈 2022年9月11日(日) 7時30分
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悲しい事件が起きてしまった。安倍晋三元内閣総理大臣が奈良市の近鉄大和西大寺駅前の路上で2022年7月8日、参議院選挙応援演説中に凶弾に倒れ、午後5時3分、救急搬送先の病院で死亡が確認された。
銃撃した犯人が安倍元首相に殺意をもった理由は政治的なものではなく、彼の母親が入信している宗教団体に多額の献金をし、家庭が崩壊してしまったことによるもので、その宗教団体と安倍元首相が関係していると思っての犯行であった。
今回の痛ましい事件をテロとか暗殺、または銃撃事件と称しているのだが、その意味を明確にすると、テロと呼ぶことに疑問を感じている。
テロ(テロリズム)は、世界共通の定義はないが、日本の警察庁組織令第39条では、テロとは「広く恐怖または不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動」とされている。
英国法では「国家、国際機関に影響を与えることを意図した、あるいは、大衆もしくはその一部を脅かすことを目的とした行為、もしくは脅迫であり、政治的、宗教的、人種的、イデオロギー的活動を促進するためのもの」とされ、フランス法では、(動機を要求せず)「脅迫・恐怖によって公の秩序を深刻に乱すために個人もしくは集団によって故意に行われた犯罪」とされている。
以上のような定義を参照にしながら一般的な解釈に変換してみると、テロリズムは主に市民社会を意識的に標的として政治的な目的を達成しようとするものといえよう。例えば、サッカー会場で爆弾を仕掛けて、観客が命を落とす。後にその事件に対するテロリストの犯行声明がでる。マラソン競技を路上で観戦している市民が爆発物によって命を落とす、あるいは、街角のカフェに車で突撃して市民の命が奪われる。後に犯行の意図が判明する。このように市民社会を標的にした事件をテロと呼んでいる。
暗殺とは、広辞苑によれば「ひそかにねらって人を殺すこと。多く、政治的に対立している要人を殺すこと」とされている。初代内閣総理大臣である伊藤博文は1909年ハルビン市で銃撃され命を落とした。1921年には原敬首相が東京駅で刺し殺された。これらは暗殺事件と呼ばれている。また政治的な信条を持たない殺害行為の場合にも使われるので、今回の安倍元首相の事件を暗殺というのは理解できる。銃によって撃たれたので銃撃事件であることは疑いもない。私生活の不満から腹いせに銃で多くの市民を殺害した事件は社会を震撼させるが、テロではなく銃撃事件、詳しくは銃の乱射事件と呼ばれている。
以上のことを勘案すると、今回の犯行をテロと称することに違和感を覚えるのだが如何なものであろう。犯人はテロリストではない。
しかし、政治家の中にも今回の事件をテロと語っている方々が見受けられるのだが、どういう意味で使っているのだろうか。元総理という人物だったために政治的なニュアンスを組みいれてテロと称しているのであろうか。あるいは、選挙の応援演説中という状況に鑑みての言説なのであろうか。
言葉は多くの人々がこれと思って使うことで、本来の意味とは異なるものに変化していくこともある。今後、政治的意図がなくても、公の秩序を深刻に乱す行為でなくても、社会を震撼させた事件の場合にテロという言葉を多くの人々が使うようになるのだろうか。
■筆者プロフィール:池上萬奈
慶應義塾大学大学院後期博士課程修了、博士(法学)、前・慶應義塾大学法学部非常勤講師 現・立正大学法学部非常勤講師。著書に『エネルギー資源と日本外交—化石燃料政策の変容を通して 1945-2021』(芙蓉書房)等。
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