海外トラベル再開の夏「可愛い子には旅をさせよ」―赤阪清隆元国連事務次長

赤阪清隆    2022年7月25日(月) 8時0分

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「可愛い子には旅をさせよ」。これは必ずしも実際に旅をさせろということでなくて、子供を甘やかさずに、世間での辛さや苦しみなどを経験させろという意味なのであろうが、文字通り旅をさせるというのも大事である。

いよいよ夏休みのシーズン。世界各地や日本でのコロナの感染状況は、今なお収束に至ってはいないが、行動制限は大幅に緩和されてきており、今夏は、久しぶりに国内あるいは海外へのトラベルを計画しておられる方も多いのではないだろうか。

「可愛い子には旅をさせよ」という。これは必ずしも実際に旅をさせろということでなくて、子供を甘やかさずに、世間での辛さや苦しみなどを経験させろという意味なのであろうが、文字通り旅をさせるというのも大事である。旅をすると、様々な新しい事象を発見するだけでなく、自分自身の来し方を振り返ってみて、相対的に比較考慮することができる。世界中の国々を訪れた結果、母国たる日本の良さと欠点がよく分かるようになったという人は多いであろう。英国の詩人ラドヤード・キップリングの名言のひとつに、「イングランドしか知らないで、イングランドの何を知っていると言えるのか」というのがある。

フランス人の多くは、夏の長いバカンスにフランスの国内を移動すると言われる。南仏に素晴らしい海岸やリゾート地があって、フランス語を話して過ごせるし、料理もおいしい、そして何よりも安くつくからだ。それに比べ、ドイツ人やイギリス人は、国の外へ旅行する人が多い。その方がおいしい料理にありつけるからだろうか。

データを見ると、国外への旅行者の数では、コロナ禍が始まる前の2019年、最も多かったのが米国で、行き先は、メキシコ、カナダ、イタリアなどだった。第2位はやっぱりドイツで、3位が英国だった。続いて4位がフランスで、その次の5位が日本。日本人の行き先は、米国、中国本土、台湾などだった(マスターカード社の調査による)。

長引くコロナ禍は、このような国際観光地図を塗り替えるだろう。特に、日本の順位が落ちそうである。日本人の国民性が、他の国に比べて、相当慎重であるからだ。ワクチン接種後、数か月以内に何をするかという、グローバル・マーケテイング・リサーチ会社イプソスのアンケートに、フランス、イタリア、スペイン、メキシコなどは、多数がワクチン普及国への海外旅行を挙げているのに対し、日本は30パーセント未満しか海外旅行を挙げていない。また、博報堂の原田曜平氏によれば、日本の若者の多くは地元志向が強く、自宅から半径5キロメートル以遠には出たくないという。若者の恋人が「今年の夏はハワイに行かない?」と誘っても、「行っても面白くないよ。スマホを見れば全部わかるよ」といった返事が来るらしい。

また、内閣府の2018年度の調査によれば、日本の若者(13歳から29歳までの男女)の多くは、おとなしく、家族との生活を中心とした、ささやかな身の回りの幸せを求めて生きることを望んでいる。自分が40歳くらいになったときに、出世しているとか、金持ちになっているとか、世界で活躍していると思う人は、極めて少ない。特に、世界で活躍していると思う日本の若者の割合は、たかだか14パーセントでしかなく、米、英、スエーデンやドイツ、韓国などと比べてはるかに低い。世のため、人のために、緊褌(きんこん)一番世界中を勇躍して、大きなことをやってのけてやろうと夢見る日本の若者は、なぜこんなにも少ないのだろうか?

われわれ日本人の多くは、欧米の人々と比べて、リスクをとらない傾向が強いと思われる。最近、厚生労働省が、屋外では人との距離(2メートル以上を目安)を確保できる場合や、距離が確保できなくても会話をほとんど行わない場合は、マスクを着用する必要はないとのガイドラインを出したのに、今なお、街で見かける人々のほとんどがマスクを外していない。このような日本人の慎重さに引き比べ、欧米の人々は、元気があるというか、無謀というか、まだまだ感染者数は日本よりもはるかに多いのに、マスクをしている人はほとんどいなくなっている。ポール・マッカートニーの最近のコンサートや、サッカーの観客をテレビで見る限り、誰もマスクをしていない。7月2日付の日経新聞によれば、夏休みシーズンが到来した米国で、旅行・レジャー需要が高まりを見せている。インフレで物価が上がるなかでも、新型コロナウイルス下で外出できなかった人々の「リベンジ消費」が旺盛だからという。

これは、欧米では、もう新型コロナは、インフルエンザ並みになったと考える人が多いからだろうか。マスク文化の違いもあるが、車の来ない横断歩道では赤信号でもわたるリスク許容度の大きさの違いからなのだろうか。しかし、日本でも、時事ドットコムニュースによれば、先般凶弾に倒れた安倍元首相も、今年5月の初めに、新型コロナウイルスの感染法上の取り扱いに関して、現行の「2類相当」から、季節性インフルエンザと同様の「5類」に引き下げることを検討するよう訴えていた。同様のことは、新型コロナ禍のかなり早い段階から、世界健康リスクマネジメントセンター国際顧問の唐木英明東京大学名誉教授も主張している。厚労省には、新型コロナとインフルエンザとの間で、感染リスクや死亡率等について、どれほどの違いがあるのか、わかりやすく説明してほしいものだ。

コロナ禍とウクライナ危機は、国際秩序の崩壊、エネルギー危機、食料危機、地球温暖化などといった問題を一層深刻化させつつある。少子高齢化が進み、エネルギー自給率が極端に低く、食料自給率も減少といった難題を抱えたわが国だが、最近とみに、日本は課題先進国であって、その経験から世界は学べることが多いとする論調(例えば、エコノミスト誌の昨年12月11日付の日本特集)や識者の発言が増えている。SDGsの17目標のうちでも、長寿、健康、生物多様性、循環型社会、公害対策、廃棄物処理、自然災害対策、国土保全、交通対策など、日本が自らの経験と知見を駆使して、世界に貢献できる分野は多い。

このようなグローバルな課題に果敢に挑戦するためには、特に日本の若い人たちが、いくら快適だとはいえ、この狭い日本の国内に閉じこもっていてはいけない。海外留学をしたいと思う若者がたかだか3割、海外で働いてみたいと思わない新入社員の割合が6割というのは、先が思いやられる。ウクライナ戦争以前の2021年の世界価値観調査では、もし戦争が起こったら、国のために戦うかという質問に、ベトナム、ノルウエー、インドネシアでは70%以上が「はい」と応えているのに対し、日本では「はい」がなんと、わずか13%でしかない。ロシアのウクライナ侵攻が続く現在、日本のこの数字がもっと高くなっていることを真に期待したい。

日本の若者たちには、まず、世界を知り、世界の課題を知ってもらいたい。これはオンラインではなく、実際に世界をトラベルして、肌で感じて学ぶしかない。これからの世界は、不確実で、不透明で、曖昧模糊とした状態が続くであろう。その際に大事なのは、「多様性(ダイバーシティ)を受け入れること」、「柔軟で、既存のルールに縛られないプラグマティックな対応ができること」、そして、「ある程度のリスクを許容すること」が大事ではなかろうか。

多様性については、多民族国家のアメリカ、スイス、マレイシアや他の東南アジア諸国などから学ぶことが多くある。柔軟性については、なんといってもイギリスのプラグマティズムであるが、これもインドや東南アジア諸国から学ぶところが多い。リスクの許容性は、米英などのアングロサクソン諸国、インド、ラテン諸国などから学べる。他方で、日本と共通の美意識を持つフランスやイタリア、謙譲心が日本と共通の北欧諸国やお隣の韓国、日本以上におもてなしの心が通う台湾、イタリア、ブラジルなどと、個人レベルで大いに協調と協力の幅を広げることができるだろう。ただし、スマホやズームでは無理がある。実際にトラベルして、現地の様子を観察し、人々と交流してこそ、学び、教え、協力する関係が生まれる。

ようやく、海外にトラベルできる時期が戻ってきた。しかし、警戒しないと、近い将来再び新型感染症や政治的危機が現れて、海外に出たくても出られない事態が再発するかもしれない。周りの状況に十分慎重に注意を払いつつも、出るなら、今でしょ。

■筆者プロフィール:赤阪清隆

公益財団法人ニッポンドットコム理事長。京都大学、ケンブリッジ大学卒。外務省国際社会協力部審議官ほか。経済協力開発機構(OECD)事務次長、国連事務次長、フォーリン・プレスセンター理事長等を歴任。2022年6月から現職。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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