松野豊 2022年7月18日(月) 22時40分
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現在、世界の国々から中国への風当たりはかなり強くなっている。
現在、世界の国々から中国への風当たりはかなり強くなっている。中国政府に言わせれば、反中的言動をしているのは欧米など一部の資本主義国に過ぎず、世界の大半の国々は中国には好意的だということらしい。
しかし一部にせよ、いわゆる西側の資本主義諸国などが対中非難を強めていることが、世界経済を混乱させている要因のひとつであることは間違いない。では彼らは中国のどういう行動を批判しているのか、またそれに対して中国はどう反論しているのだろうか?
このテーマを掘り下げていくことは容易ではないが、まずは中国人のいわゆる“識者”と呼ばれる人々が、ネット上などでどんな論理展開をしているのかを取り上げてみたい(“識者”の定義は曖昧ではあるが)。
中国は言論統制の厳しい国であるため、ネット上といえどもその主張に偏る傾向はあるかもしれない。それでも政治的に敏感な問題を除けば、経済や外交の世界で起きている中国批判に関しては、中国の識者たちがネット上で一定の反論と世論形成を試みている。
本稿ではまず、トランプ政権誕生以降バイデン政権になっても脈々と続く米国の対中非難に対する中国人識者の反応を取り上げてみる。米中摩擦は表面的には貿易摩擦から始まったのだが、現在では政治経済のあらゆる分野での対立が鮮明になり、世界ではいわゆる米中両国のデカップリングがどこまで進むのかが争点になっている。
乱暴なまとめかもしれないが、米国の対中非難に対する中国人の反論としては、おおよそ以下の3つに集約できるだろう。すなわち「無意味」、「無理解」及び「不寛容」である。
「無意味」とは、米国が貿易関税や技術封鎖などで、どれだけ対中封じ込めをしたとしても、中国の世界経済との結びつきは強固なので米国の制裁は効果がない。つまり対中制裁などは無意味な行動なのだという主張である。
例えば、2022年6月9日、某財経関係のネットに「制裁中国?美国经济脱钩成空!出口数据大超预期,中国经济稳了?(中国に制裁?アメリカ経済はデカップリングをしようとして散々な目にあった。中国の輸出は予想を大幅に超え、経済は安定している?)」という記事が掲載された。これに類する記事は他にも多く散見される。
この著者の論理はこうだ。「米国の関税による対中制裁は効果がなく、米国ではインフレに見舞われている。対中関税以外にロシア情勢などの原因も重なってはいるが、米国の対中貿易制裁はもはや失敗したのだから、はやく撤回すべきだ。」
筆者がこの論理展開で感じる違和感は、経済的な結果だけをもとに評価がなされていることだ。米国が中国経済にマイナスの影響を与えることを意図して対中関税を発動したことは確かだが、発動の動機は中国の対米貿易の不公正などに対する抗議だと思われるので、米国の意図そのものにこの識者は反論できていない。
極端に言えば米国は、中国側が不公正の是正に向かわないなら、また別の手段を考えるまでで、現時点で中国経済にマイナスの結果が出ていないから失敗だとは言い切れない。また中国は、対中制裁の本質的意図を理解することを避けているようにも見えてしまう。
第二の反論は、米国の「無理解」である。中国人の反論でよくみかける言い方に「米国は、中国を理解していない政治家が政策を主導しているため、間違った制裁をしている」というのがある。この論理は日本や他国に対してもよく使われる。
また記事の例をあげてみよう。2022年6月1日、人民日報系の環球時報ネット版に「我认为美国人最大误解之一是中国人不快乐(米国人の最大の誤解は、中国人が不幸だと思っていることだ)」という記事が出ている。
この論理もちょっと不思議に感じる。言葉尻を捉えるつもりはないが、では米国が中国をしっかり理解し中国人が不幸ではないということを理解したなら、対中非難はなくなるということなのか。
中国人はまじめに商業行為をしており、経済も成長して国民はみんなハッピーだ。だから対中非難は全部誤解なのだということになるのだろうか。米国に中国を理解しない政治家がそれなりにいるのは確かだとは思うが、では知中派の政治家だったら全く違う対応になるのだろうか?
もちろん知中派であれば、制裁の手法はもう少し温和になるのかもしれない。しかし制裁に至った原因そのものは、米国内では共通理解がされている。中国人の「無理解」という反論は、知中派と下交渉したいという論理にも見えてしまう。
第三の反論は、「不寛容」だ。米国と中国は、そもそも政治体制や国家成立の背景が大きく違う。また経済発展の手法そのものも異なる。だから米国の統治手法が絶対であって、それ以外の体制や手法を認めないという米国は、「不寛容」なのだという論理である。
これに関しては、いわゆる「中国には中国の道がある」的な論理展開が中国のネットには数多く見かける。欧米や日本を中心に、中国の一党独裁とそこから派生する様々な政治経済手法は認め難いという主張があることは確かだ。しかし中国が建国70年を超え、改革開放政策で世界経済にも大きく貢献してきたことで、現在では中国の社会主義体制そのものを全否定する国は見当たらないと思う。
問題は、「中国は中国の道を行く」という論理に潜む一種の不遜さである。中国が独自の体制を構築して経済発展してきたことはとりあえず評価できる。しかし中国の政治リーダーはかつてそれを「韜光養晦(とうこうようかい)」と表現した。この言い方に潜む不気味さと最近の中国の強硬な“戦狼外交”への転換が相まって、米国は中国への不信感がこれまでになく高まってしまったということだろう。
しかも中国は、この「不寛容」という論理は対米国にだけ使っているようだ。それ以外の国に対しては「寛容」してもらう必要は感じず、前述の「無理解」という言葉を使っている。しかし米国は、もはや中国の発展形態に寛容であることはできなくなってしまったのだ。
米国の対中非難に対する中国の反論は、どうも上滑りしている感がある。これを“したたかな対応”だと評する向きもあるようだが、筆者はそうは思わない。米国などによる対中非難は、世界と中国との間の本質的な議論が欠けていることから生じている。中国は、そろそろ世界の国々と真正面から議論すべき時期に来たのではないかと思う。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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