<岸田首相「新しい資本主義」>「分配」「財政健全化」よりも「投資」「市場」「軍事」を重視

八牧浩行    2022年6月11日(土) 9時0分

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低迷する日本経済の再興に向け、政府は2022年度の経済財政運営と改革の基本方針と岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」の実行計画を決定した。

低迷する日本経済の再興に向け、政府は2022年度の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)と岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」の実行計画を決定した。岸田首相が昨年10月の就任時に唱えた「新しい資本主義」の具体像を示したもので、「成長と分配の好循環」「市場も国家も」「資産所得倍増」と盛り沢山だが、中身を検証すると目標実現への具体策に乏しいのは否めない。

今回の骨太方針で目立つのは「投資」である。投資の対象は人、科学技術、脱炭素、デジタル化など、いずれも日本にとって待ったなしの重要課題である。デジタル人材を現在の100万人から26年度までに330万人に増やし、脱炭素の国際公約と成長促進へ官民協調により10年間で150兆円のグリーン投資を実現するなどの目標を掲げた。

だが、重要なのはどのような政策手段で目標を達成するかの処方箋である。人への投資、そして分配の基本である企業の賃上げをどう促進するのか。脱炭素へ向けた投資の呼び水をいかにつくるのか。政策の具体化はこれからだが、言葉が躍り、目標実現の「本気度」に乏しい。コロナ禍とウクライナという二つの危機は、日本経済の弱点を改めて浮き彫りにした。

財政健全化への道筋も不透明だ。政府が定めた基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標の年度である「25年度」を明記しなかった。自民党内で積極財政を支持するグループが、歳出改革に関する従来の方針の転換を要求。「日本国債の信用を確保するため健全化目標の維持」を主張した財政健全化重視グループを押し切った形となった。

積極財政派が求める大型の経済対策や防衛費の増額など、予算編成でも歳出拡大の圧力が増す。ウクライナ情勢や資源・食料価格の高騰といった事態急変への備えは必要だが、経済成長と財政の持続性の両立を追求する姿勢は希薄である。

◆「金融課税」盛り込まれず

また昨年の岸田政権発足時に「新しい資本主義」の目玉として掲げられた「所得再配分」重視政策も脇へ追いやられ、当初打ち出された「金融課税」方針も引っ込められた。同計画では「成長も徹底して追求」「市場も国家も」と、経済成長や市場活性化のほか、軍事・安全保障を重視する方針が盛り込まれた。

日本が直面する課題は積み上がっているが、政策メニューに並ぶのは「賃金引き上げの推進」「貯蓄から投資へ」「少子化・人口減少への対応」「エネルギーの安定供給と脱炭素の両立」―など言い古された字句ばかりで「新鮮味」に欠けるのは否めない。

今回の骨太の方針を見ると、補助金など政府の財政支援が目につく。官民協調で新しい資本主義をつくるとしているが、国民の負担を伴う改革や、既得権益層の抵抗が予想される政策はほぼ皆無である。

◆金融緩和限界か、円安が進行、成長率1%台に下方修正

こうした中、日本経済の先行きに立ちはだかる暗雲を示す数字が相次ぐ。経済協力開発機構(OECD)は6月8日発表の経済見通しで、2022年の世界経済の実質成長率を3.0%と1月時点から1.5ポイント下方修正した。日本は1.7%と1.7ポイントの下方修正。中国の修正見通し4.4%、米国の同2.5%に比べ劣後する。先進国を中心とする加盟国の22年の物価上昇率見通しは8.5%。21年12月の前回予想の2倍に達する高い水準だ。

世界銀行は1970年代のように物価高と景気後退が併存する「スタグフレーション」が低所得国を中心に生じるリスクも指摘した。新興国や途上国が生活物資の調達や資金繰りに相次ぎ窮し、世界景気を揺るがす事態も起きうる。十分な警戒と、主要国を中心とする機敏な支援態勢が不可欠だ。世界経済の成長率は21年の5.7%から22年には半減する。23年の見通しも3.0%と伸び悩む。

最大のマイナス要因はロシアのウクライナ侵攻だ。エネルギー資源、食料、肥料など、両国から世界への重要な物資の供給が経済制裁や軍事攻撃の影響で止まり、急速な物価高騰を招いている。新型コロナウイルスの余波も重い。経済再開のペースに基幹部品である半導体の供給などが追いつかない上、「ゼロコロナ」政策を敷く中国の都市や港湾の封鎖が供給制約を一段と深刻にした。マルパス世銀総裁は「低・中所得国の経済動揺を通じ、スタグフレーションの痛みが今後何年も持続しかねない」とは警告する。

政策の方向感が揃わないことも困難を生む。高インフレが続く米国や欧州では物価高の抑止を最優先に、中央銀行が金利引き上げや量的引き締めに転じつつある。新興国や途上国はその裏返しである自国通貨安や資本流出の脅威にさらされ、それがまた景気減退要因となる。食糧不足などの人道危機と信用低下による金融危機が連鎖するリスクも高い。流動性供給や食料供給の支援などで国際社会の結束が問われる。

こうした中、円相場は1月に付けた113円台半ばから20円以上も下落し、135円に迫る。年間の値幅としては既に2016年以来、6年ぶりの大きさだ。世界の中央銀行が金融を引き締めているのに対し、日銀が大規模な金融緩和を続けている影響が大きい。円安は長年、日本経済にプラスの影響を与えるとされてきた。製造業が強い日本では円安で輸出品の競争力が増し、サービス業などの非製造業も訪日客が日本で消費を増やすというメリットがあった。

しかし、円安はGDPを押し下げるという見方が有力だ。4月の輸入物価指数は円ベースで前年同月比44.6%上昇し、契約通貨ベースの29.7%を大きく上回る。円安による輸入物価の押し上げは3割に達する。値上げの波はエネルギーや食品、耐久財など多岐にわたりつつある。

◆日銀総裁の「値上げ許容」発言、撤回に追い込まれる

日銀の黒田東彦総裁が6月6日の講演で「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」と発言したところ多くの消費者が猛反発、撤回を余儀なくされた。賃金上昇がないままで円安による輸入価格の上昇が続けば、GDPの半分を占める個人消費が落ち込み、日本経済にはさらなる逆風になりかねない。

新型コロナウイルスの流行第6波が直撃した1~3月期。実質GDP(2次速報)は前期比年率0.5%減と、2四半期ぶりのマイナス成長だった。GDPを所得に置き換えた実質国内総所得(GDI)は2.3%減と、さらに深刻だった。所得の伸び率の方が低くなるのは5四半期連続である。

その主因は資源高で、国内の企業や家計の所得が国外に流出する。この所得流出額は1~3月期は年額換算で11兆5380億円に達した。交易条件の悪化は著しく、2015年から輸出価格は2.99%しか上がっていないのに、輸入価格は14.9%も上がっている。GDPの見た目以上に日本の購買力は低下。企業は価格転嫁できなければ収益が圧迫され、投資や賃金を減らす恐れがある。モノやサービスの値上げに繋がれば家計の重荷となり、消費の減退を招く。

22年度は全体の所得流出が8.3兆円膨らみ、企業が4.4兆円、家計が3.1兆円を負担する見通しだ。残り0.8兆円は政府のガソリン補助金による負担軽減分だという。

ガソリン補助金に象徴される「付け焼き刃の政策対応」には限界がある。経済の構造転換が遅れ、エネルギーは海外の化石燃料に深く依存したまま。海外で高く買ってもらえる付加価値のあるモノやサービスが乏しく、輸出競争力が高まらない。経済を底上げする改革を怠ってきたツケは大きい。

「防衛」と「財政」は国の根幹をなす重要政策だが、詰めた論議がないまま方向が決まっていく流れは危うい。今後、企業の競争力や日本の成長力を高める実効的な具体策を打ち出せるかが問われる。投資を手厚くするのと同時に硬直的な雇用システムを官民で見直す必要もある。海外発のインフレの波に揺さぶられる中、需要不足のデフレ体質をひきずる日本経済にとって抜本的な改革は待ったなしである。

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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