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タイと中国が「クラ運河」構想に関心=マレー半島横断交易ルートの行方―海路 or 陸路?―

山本勝    2022年5月4日(水) 7時50分

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マレー半島のくびれにあるクラ地峡がにわかに注目を集めている。

マレー半島のくびれにあるクラ地峡がにわかに注目を集めている。当事国タイをはじめとする新興アジア諸国の思惑とこの地域に影響力を強める中国の存在。クラ地峡に東西をつなぐ交易路を建設する構想は、地政学的変化をもたらすものとして米中大国も関心を示す。運河か、ランドブリッジ(陸路輸送方式)か、今後の進展に注目したい。

日本と中近東、欧州を結ぶ海上貨物輸送の大動脈は、マラッカ・シンガポール海峡(マ・シ海峡)を経由するルートが最短だ。この海峡の北縁を構成するマレー半島は、付け根のバンコックから先端のシンガポールまで約1500kmの細長い形で南に突き出ている。

この半島の一番細い部分、北緯ほぼ10度の地点がクラ地峡とよばれ、マ・シ海峡とならぶ新たな物流ルートの候補として、いま注目を集めている。

注目されるのは、直接的には東西交易ルートの距離短縮がもたらす経済効果といえるが、背後に近年急速に経済力をつけはじめたタイの思惑と、一帯一路構想のもとこの地域に影響力をおよぼそうと目論む中国の存在があり、さらに新たな交易ルート開設がもたらす地政学的変化に各国の利害が複雑に絡むからだ。

◆クラ地峡、一番狭いところで44km

クラ地峡は、ミャンマーとの国境間近のタイ国内にあり、一番狭いところで44kmほどの原生林が生い茂る未開地。東は東シナ海につながるタイ湾、西はインド洋につながるアンダマン海に面していることから、大航海時代を経て大英帝国の版図がおよんだ頃にもここに運河を通すことが語られてきた。が、英国がマ・シ海峡のシンガポールに拠点を築いたことにより、う回路としての意義は失われていった。

「クラ運河」構想が具体性をもって浮かび上がってきたのは、中国および新興アジアの国々の経済が隆興しはじめた20世紀後半からで、現在も運河構想に大きな関心を示す国は当事国のタイと中国である。

1973年アメリカ、フランス、タイに日本も加わった国際チームによる建設計画がスタート、核爆発を使った地峡の開削が検討されたことで話題を呼んだが、タイの政変によって頓挫した。具体化のネックとなっているのが、巨大な建設費であり、技術的な困難さといわれる。

輸送距離短縮による経済的メリットについては、クラ運河構想はマ・シ海峡経由との比較になる。日本経済の大動脈である東シナ海からインド洋に至る海上ルート上の中間地点に位置する南北2つのルートの差は、ラフな計算で500km程度、商船のスピードでいえば13~4時間ほどの違いだ。「クラ運河」通航にかかわるコスト(通航料その他の経費)と時間的ロス(通航待ちや速力制限)も勘案すると、日本の大動脈にとってこれを積極的に利用する直接的な経済的メリットは小さい。

一方、マ・シ海峡は現在年間の通航船舶が12万隻に達する過密状態にあり、近い将来限界を超える恐れがあるとされる。またいたるところに狭い水路と浅瀬が存在する危険な海峡で、いまだに大きな海難事故が絶えない海の難所である。海賊の出没も脅威だ。航行上のリスクの低減、あるいはマ・シ海峡有事(事故を含む)の際の代替ルートという観点で「クラ運河」利用のメリットをとらえることは可能だ。

周辺地域との地理的関連でみると、近年急速な経済発展を続けるタイにとってクラ地峡は将来大きな利益をもたらす可能性がある。マレー半島の付け根にあるバンコク周辺から積み出された製品の多くは現在、マ・シ海峡を通って西方に向かうが、クラ地峡を経由すれば、輸送距離は1700km程度短縮される。20ノットの商船で2日弱のセーブとなる。さらに近場のミャンマー、バングラディシュ、インドの諸港との間となれば、輸送時間短縮による経済的効果は大きい。これはベトナム、カンボジア、中国南部経済地域などにとっても同様のメリットであり、この地域に生産拠点を集積しつつある日本も同様の利益を享受できるだろう。

◆中国「海のシルクロード」構想の重要結節点に

中国は、経済発展する東アジア、南アジアをつうじてこの地域に大きな経済回廊を建設して影響力を強めようとする動きを活発化している。「海のシルクロード」構想にとっても、クラ地峡はその重要な結節点として中国が関心を持つ。

2015年タイ、中国双方が合意したとされる「クラ運河プロジェクト」は、最近の報道で両国政府がこれを否定し、合意はまぼろしであったと伝えられる。

現在運河に代ってにわかに注目を集めているのが、2020年タイ政府が建設調査を命じたという「ランドブリッジ」計画である。クラ地峡の両端に港湾を整備し、鉄道、道路その他のインフラをつないで周囲を経済特区として開発しようという壮大な計画だ。

背後に中国の存在があるとみられ、これについてはこの地域への中国の進出を懸念するアメリカも関心を示すなど、大国の思惑も絡み合って、複雑な様相を帯びている。

海路か陸路か、実現にはまだまだ紆余曲折が予想されるが、近隣諸国の利害のみならず、地政学的な変化がもたらす政治や軍事への影響もあり、こんごの進展に注目したい。

■筆者プロフィール:山本勝

1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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