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<コラム>池田市友好都市40周年と第42回日中友好「寒山寺新年の鐘を聞く会」の行方

工藤 和直    2020年7月27日(月) 18時40分

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蘇州駅から西に3.5km、日本人が多く住む高新区に南北に走る濱河路を北へ蘇州科技大前を右に何山橋を渡った所に、寒山寺がある。

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蘇州駅から西に3.5km、日本人が多く住む高新区に南北に走る濱河路を北へ蘇州科技大前を右に何山橋を渡った所に、寒山寺がある。江南地方の臨済宗の寺として知られ、空海も短い期間遣唐使として修業を積み、戦前は李香蘭(山口淑子)が映画「支那の夜」の挿入歌「蘇州夜曲」で“鐘が鳴ります寒山寺”と歌った古刹だ。

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寒山寺の創建は南北時代「梁」天監年間(西暦502~519年)に遡り、1500年になる。唐代貞観年間(西暦627~649年)に寒山がこの地で草庵を結んだと伝承されている。伽藍の創建は唐代の8~9世紀といわれ、有名な張継が漢詩「楓橋夜泊」を詠ったのが8世紀半ばである。宋代太平興国元年(西暦976年)に7層の仏塔「普明宝塔」が建てられ、最大規模になったのは宋代嘉祐年間(西暦1056~63年)に「普明禅院」と改名してから南宋紹興4年(西暦1134年)の再建時にかけてである。1906年(光緒32年)に8度目の再建を行い、解放後も2度の大修理を施した(写真1上)。仏像も文化大革命(1966~76年)の時に破壊されたが、その後再建された。

現在の寒山寺を上空から見ると北の寒山寺(大雄宝殿・普明宝塔)側と南の大鐘(梵音閣)側の2カ所から構成されている(写真2左下)。現在は、西の運河側の照壁(写真2右上)から入るが、出口は鐘楼の南の通用口みたいな門から南楓橋路に出て行く。非常に簡素な出口だ。大鐘(梵音閣)側の敷地は2005年に出来上がったもので、筆者が駐在した時は塀だけで何も無かった。

宋代の寒山寺伽藍面積は相当に広く「馬に乗って山門を見る」と言うように、京杭運河を使って南京・無錫方向から来る人々は、運河に沿う寒山寺にまず詣でて蘇州城に入るのが一般であった。寒山寺からは、東へ陸路「楓橋路」を行くか、並行する運河を使い西園や留園を左に見ながら蘇州城外堀に向かい閶門から入城した。

中国最古都市図の一つ、碑刻「平江図」は蘇州城内外を克明に描いた石碑であり、南宋紹定2年(西暦1229年)の蘇州を示している。この地図の左に寒山寺(楓橋寺)の様子が書いてあるが、西門と運河からつながる水路を使った南門の二つがある(写真2右下)。地図で見ると小さく見えるが、宋代最大規模の伽藍から見て、現在の2カ所(寺側・大鐘側)を含めたかなり広範囲に渡っていた。運河から来た旅人は、現在の何山橋下にある駐車場付近で船を降り、梵音閣(巨大な鐘楼)前を通りながら周辺の仏閣に詣で、北側に立つ「普明宝塔」を見上げたのだろう。

大晦日の大行事「寒山寺新年の鐘を聞く会」は1979年に池田市日中友好協会名誉会長(蘇州市名誉市民)の藤尾昭氏の提案から始まり、41回開催された国際イベントである。(写真1下)はまだ裸電球程度しかない寒山寺で第1回目が開催された時のものだ。筆者は2006年からこの会に連続参加し、故藤尾昭氏の御家族と寒山寺で1年に1度お会いするのを楽しみにしている。(写真3)は2018年大晦日の寒山寺風景である。今年は新型コロナの影響で開催されるか微妙であるが、来年2021年6月は池田市との友好都市40周年でもあり、開催されんことを“寒山拾得”にお願いするのみだ。

■筆者プロフィール:工藤 和直

1953年、宮崎市生まれ。1977年九州大学大学院工学研究科修了。韓国で電子技術を教えていたことが認められ、2001年2月、韓国電子産業振興会より電子産業大賞受賞。2004年1月より中国江蘇省蘇州市で蘇州住電装有限公司董事総経理として新会社を立上げ、2008年からは住友電装株式会社執行役員兼務。2013年には蘇州日商倶楽部(商工会)会長として、蘇州市ある日系2500社、約1万人の邦人と共に、日中友好にも貢献してきた。2015年からは最高顧問として中国関係会社を指導する傍ら、現在も中国関係会社で駐在13年半の経験を生かして活躍中。中国や日本で「チャイナリスク下でのビジネスの進め方」など多方面で講演会を行い、「蘇州たより」「蘇州たより2」などの著作がある。

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