<コラム>仁の人は憂えず

海野恵一    2020年6月12日(金) 23時20分

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今月は「仁の人は憂えず」とは何かを解説しましょう。写真はアベノマスク。

3月に三徳の「智の人は惑わず」の話をしました。幅広い知識とそれに対しての洞察力を身につけることができれば、判断に迷わないということです。日本人は歴史、特に近代史を勉強していません。ですから慰安婦の歴史がどうだったのか、大東亜戦争とは何だったのか、中国とはどのような戦争をしたのか、八紘一宇とは何か、リットン調査団とは何かを知りません。だから日本人はアイデンティティを持っていないと言われます。

真珠湾攻撃はなぜ行ったのでしょうか。同様のことがなぜアベノマスクを配ったのでしょうか。似たところがあります。どうしてそういう結論になったのか理解できないということです。近衛文麿と安倍晋三が似ているということではありません。意思決定の日本人のプロセスが理解できないところで行われているからです。そうしたことを深く考えるのがこの「智の人は惑わず」という意味です。戦後の日本人はこうした情報とか事象を深く考えなくなりました。日本人の優位性は信頼と信用にあります。だから他の国と民主主義に対しての考えが違うのです。

欧米、中国との違いはここにあります。我々日本人はこの信頼と信用が日本の精神の根幹なのです。その基盤に日本書紀にある八紘一宇に本当の意味があります。戦前、この言葉は軍国主義に利用されましたが、本来の意味はあまねく平等に世界の人と仲良くしようと言う意味です。世界はお金が一番大事であるかのように考えていますが違います。いちばん大事なのはこの信頼と信用です。こうしたことは日本人の優位性なのです。

さて今月は「仁の人は憂えず」とは何かを解説しましょう。

仁の人は憂えず

「仁」とは人を思いやる心のことですが、相手を思いやる心が相手に伝わらなければ意味がありません。どうすれば相手に伝わるのかを考えなければなりません。そのためには相手の立場にならなければ相手のことを理解することはできないのです。例えば、妻との考え方の違いは忍ばなければなりません。我慢して、耐えるのです。

しかし、人間は不思議な頭の構造をしていて、意見が違ったり、腹が立ったりしても一晩我慢すれば不思議と相手の言ったことが腹に落ちてしまうのです。妻の理不尽な言葉もなるほどと思ってしまうのです。論理的ではないですが、人間はそもそもわけの分からいような精神を持っているのです。ですから、シンギュラリティの時が来ても、AIは人間の脳の思考方式を超えることは出来ません。

儒学では自分が誰かに求めることをしません。自分を修めることしか書いていません。第三者にどう理解を求めるかとか、どう愛を求めるかとかを言っていないのです。仮にここで、そうした欲求が出てくれば人間は誰でも「憂える」のです。自分が求めることをしなくなった時に人間は「憂えず」ということになります。仁とは人を思いやる心ですから、そうした心境になれれば愛を求めるということはなくなるのです。だから、憂えないのです。言い換えれば、耐えることなのです。耐えるということは相手の話に心を開いて受け入れるということです。それができれば相手はあなたが理解してくれたと思ってくれるのです。

妻に口を開く前に「I love you. Thank You. 」という言葉を心の中で唱えるといいです。相手の立場に立って、相手に思いやりを示さなければなりません。こうした言葉を幾度となく繰り返しているうちに、それが反射神経のように行動するようになり、そうなればそれが本心になります。一万回繰り返しても相変わらず、妻に口答えをしてしまうかもしれませんが、儒学では諦めるなと言っています。口に出して言わなくてもいいのです。心の中で「I love you. Thank you.」と口を開く前に心の中で言うことです。そのうちに、心も自然とそうなっていきます。ばかばかしいと思うかもしれませんが、相手を思いやる心というものはそういうものなのです。

そうしたことはビジネスの世界も一緒です。政府とか多くの企業はアジアに日本の先端技術を浸透させたいと考えています。ところがそうした多くの技術はコストが高いのです。そうした高いものをアジアの人は歓迎しません。そのため、こうしたアジアの人たちの考えがわかっていれば、政府は日本の先端技術を彼らに押し付けたりはしないでしょう。ところが、いまだにそうしたことが分かっていないのが問題なのです。

「仁の人は憂えず」とは相手の立場の立つことなのです。相手の言葉をそのまま受け入れることなのです。そのためにはあなたの心を空にしなければなりません。以前お話しましたようにあなたの地位、自尊心、財産、世間体をすべて捨てなければ、相手の言葉はあなたの心に入ってきません。そのまま受け入れることが出来るようになれば相手の人はあなたを理解します。このことが「仁の人」という意味なのです。

さて、来月は「勇の人は懼(おそ)れず」をお話します。

■筆者プロフィール:海野恵一

1948年生まれ。東京大学経済学部卒業後、アーサー・アンダーセン(現・アクセンチュア)入社。以来30年にわたり、ITシステム導入や海外展開による組織変革の手法について日本企業にコンサルティングを行う。アクセンチュアの代表取締役を経て、2004年、スウィングバイ株式会社を設立し代表取締役に就任。2004年に森田明彦元毎日新聞論説委員長、佐藤元中国大使、宮崎勇元経済企画庁長官と一緒に「天津日中大学院」の理事に就任。この大学院は人材育成を通じて日中の相互理解を深めることを目的に、日中が初めて共同で設立した大学院である。2007年、大連市星海友誼賞受賞。現在はグローバルリーダー育成のために、海野塾を主宰し、英語で、世界の政治、経済、外交、軍事を教えている。海外事業展開支援も行っている。

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