黄 文葦 2020年6月5日(金) 19時30分
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新型コロナが世界中の多くの人の生活リズムを変調させた。さらに、人々は従来の人生観と価値観を変えざるを得なくなったかもしれない。写真は東京のスーパー。
2020年、新型コロナが世界中の多くの人の生活リズムを変調させた。さらに、人々は従来の人生観と価値観を変えざるを得なくなったかもしれない。
昨年11月末、私は今年の1月25日(旧正月)出発のチケットを予約した。故郷の中国の福州に一週間滞在する予定であった。しかし、1月中旬から、中国では武漢を中心に新型コロナウイルスが全国へ感染拡大し、中国へ行ける状態ではないので、1月20日に仕方なくチケットをキャンセルした。
その後、ずっと中国の親友たちと連絡を取りあっている。ある期間、向こうでは厳格な自粛生活を送っていたらしい。外出が厳しく制限された。ちなみに、「社区」とは、いわゆる中国では最も基礎的な単位である居民委員会の管轄範囲のコミュニティーだ。社区の幹部たちがきちんと住民たちの行動を把握する。家族皆が家の中に籠って、買い物の際は一家に一人しか出かけられない。スーパーの入り口で検温を実施する。つまり、引きこもりが当たり前の生活が余儀なくされた。
そして、日本でも4月7日から「緊急事態」が始まり、外出自粛の生活に切り替わった。でも中国と比べて、緩やかな「自粛」だ。出かけるかどうか、あくまでも自分で決める。サービス業に対しても政府や自治体から休業が要請されたが、罰則つきの強制ではなかった。緊急事態宣言が解除された時、安倍首相は「日本モデルの力を示した」と語ったが、世界に誇る日本モデルとは、政策の曖昧さを国民の忍耐と努力で補う仕組みのことのように見えた。
ところで、緊急事態のさなかにも、私のライフスタイルは普段とあまり変わらなかった。夜はほとんど外出しないし、新型コロナの以前からオンラインの仕事で、よく勤務先の学校の宣伝をこなしていた。その一方で、在宅勤務が増えて時間の余裕ができたことにより知らず知らず、お金とモノに対する習慣が少しばかり変わったようだ。毎日きちんと食材を選んで料理を作る時間の余裕があるので、まず、二つの鍋を買った。一つは無水鍋、もう一つは中華鍋。それらを使って新しいメニューにチャレンジしたりする。また、スーパーで食材を入手する際にも、これまでより高値なものを買うようになった。免疫力をアップさせるためと自分を説得させて、卵・豆腐・トマト・お米といった日常の食材は売り場で一番高いものを選ぶ。そのおかげで、はじめて高糖度トマトのうまみを知ることができた。これぞ最高の味わい!どうしてこれまで安いものばかりを選んでしまったのか、と後悔するほどの衝撃だった。「高級」と「普通」との間は、たかが数百円の「距離」である。数百円で幸せの次の階段に上がれるのだ。明日は明日の風が吹く。今日も高級トマトを買って、自分へのご褒美にしよう。そればかりではない。最近周囲から、緊急事態の中で体調が良くなった、という声を耳にするのも、あちらこちらで食生活の改善が進んだ効果ではないだろうか。
今回、厳しく営業自粛を要請されたのは、居酒屋・カラオケ・ライブハウス・パチンコといったお店だった。私は居酒屋にはたまに行くけれど、カラオケ・ライブハウス・パチンコはまったく無縁だ。であるなら、今まではあたかも「自粛人生」だ、と複雑な気持ちになった。東京の夜の街を知らなかったことを残念に思う。ちなみに、大阪府の吉村知事の会見のニュースによって、ライブハウスなるものの存在を知り、それを利用するのは中高年層が多いと聞いて驚いた。ネットでライブハウスの映像を調べてみたら、店内では大勢の観客がみんな立ち上がり、すこぶる熱狂的な光景を目にした。普段のあまり感情を表に出さない日本人のイメージとずいぶん違う。大阪府はすでにライブハウスの休業要請も解除されたものの、着席を原則としたガイドラインに店側が困惑したというのもむべなるかな。観客が座ったら熱狂が冷めてしまうはず。かくて、新型コロナ時代に新たな形へとライブハウスが変わるのであれば、私も一度訪れて目撃してみたいと思う。
緊急事態宣言の期間中にも、ときに必要に応じて時差出勤したところ、山手線はかつてないほどたいへん快適だった。世界に知られた日本の通勤電車の混雑で世のサラリーマンは毎朝ストレスを溜め込んできたのが、この新型コロナのおかげで解消したのなら、これからも時差出勤や在宅勤務を継続して、ぜひ将来に向けての働き方改革を実現してほしいものだ。
これまで、私たちの世の中では効率・ハイスピードが求められてきた。ひたすら加速する日常の変化への緊張感と不安は、新型コロナにともなう緊急事態宣言の中で、意外にも和らげられたのではないか。多くのものごとが「不要不急」となった。テレビでは過去の番組が繰り返し放送されて、時間がさかのぼったような気がした。新型コロナが出現する以前の私たちは常に3密に向かって駆り立てられて、地球環境にも負担をかけすぎた、と反省しなくてはならないのではないだろうか。先週末に、私は東京から電車で一時間半ほどの郊外にある友人の家に出かけた。そこは自然豊かな田畑に囲まれ、まるで都市の塵芥を離れた桃源郷のように思われた。広い庭では鶏や羊が放たれているその家に滞在中、時の流れが緩やかになった。
私は5月29日に配信リリースされた森山直太朗の新曲「最悪な春」を聴いて、虚しさと美しさを覚えた。最悪な春でも特別な春、個人的には人生の「間」ができたように思う。今の私は衣服や化粧品よりも、本を買う。「新型コロナ関連読書」に耽る。山本太郎の『感染症と文明』や、イタリアの作家パオロ・ジョルダーノのエッセイ『コロナの時代の僕ら』など。そのジョルダーノが「ウイルスは状況に適応できるという一点では人間に勝っている。人間はウイルスに学んだほうがよさそうだ」と主張するのに、私は共感する。新型ウイルスはこれからもどんどん出てくる。それに対応できる新型人間はいつ生まれてくるのだろう。
さて、私の従来の「自粛人生」をこれからも続けたものか、改めたものか。まあ、この問題も「不要不急」だろう。とりあえずは、明日も高級トマトを買うとしよう。
■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。Facebookはこちら「黄文葦の日中楽話」の登録はこちらから
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