<コラム>新型コロナウイルスとSARS、そして人種差別

小坂 剛    2020年2月23日(日) 16時10分

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2003年のSARS下の中国は鮮明に記憶に残っている。現在は新型コロナの恐怖からは遠ざかっているものの、人種差別という別の形で影響を受けている。写真は武漢の救援活動。

2003年、SARSが流行した際、私は天津市の南開大学にいた。政府の奨学金で現地に滞在し、フィールドワークを行っていた。SARS下の中国は、今でも鮮明に記憶に残っている。現在は、中国を離れ、イギリスで生活している。病気の恐怖からは現在の時点では遠ざかっているものの、人種差別という別の形で影響を受けている。

2003年冬、天津で研究活動に従事していた私は、初めて友人たちと上海を訪れた。当時は飛行機も高価で、新幹線網もなく、夜行列車の二等寝台で一晩かけて向かったものだった。上海の街も現在とは異なり、特に浦東地区は正大広場だったと思うが、大きいながらもテナントの入っていないモールくらいしかなかったと記憶している。

そんな上海から天津に帰ったあと、日本の母親から電話が入った。その内容は、「大丈夫なのか」ということだった。私は最初、何に対して「大丈夫」と答えてよいものかわからず、また、「SARS」という言葉も聞いたことがなかったので、頭の中にクエスチョンマークが躍るだけであった。そう、母親は日本のテレビで連日SARSが取り上げられていることを心配して、情報統制のため、全く情報のない私に連絡をしてくれたのだった。

感染者が増えると、さすがに中国政府も動き出し、連日感染者数を発表するニュースで、娯楽性のある番組は消えていった。学内でも、マスクをする学生や教職員が増えだし、私が暮らしていた外国人寮からは、外国人留学生が徐々に姿を消していった。よく食事を共にしていた日本人大学生も日本の大学からの命令で帰らざるをえないということだった。

大学内部でも感染者が出た。中国人学生が2人ほど感染したとのことだった。それが明らかになると翌日には、彼らが生活していた宿舎の解体が行われ、3日もしないうちにその場は更地になっていた。

私の生活といえば、宿舎からほぼ外には出られず。朝になれば、掃除係の女性が毎日体温計とペットボトル500mlくらいの黒い液体の漢方薬をもって部屋にやってきた。今から思えば大変申し訳ないことだが、その薬はとても飲めたものではなく、女性が立ち去ると、毎朝トイレに捨てていた。

そんなある日、朝起きると私を高熱が襲った。自分の体温計で検温すると40度を超えており、これはやばいと冷汗が出た。まずは回避しなければならないのは、朝の検温である。わきの下から少し距離をおいたところで測定し、何とか隔離は回避できた。その後、中国人の看護師である友人に連絡すると、至急家にくるように言われ、帽子にマスク、眼鏡をかけ、自転車で走った。赤ら顔を見られて、隔離されないためである。

彼女の家につくと、早速解熱薬と点滴を打たれた。もしかしたらSARSだったかもしれない私に彼女は夜を徹して看病をしてくれた。その結果、体温は平熱から少し高い程度にまで落ちた。その後、熱の高い状態は続いたものの、いわゆる風邪もしくはインフルエンザであったようだ。

こうした私の経験から考えると、中国を離れて生活している今でも、中国に住む中国人や外国人がどのような精神状態で生活しているか、想像に難くない。上海に住む友人によれば、外出は2日に1回に制限され、友人を訪れたくても、マンションや小区の中に外来者が入ることもできないという。軟禁状態が続いているようだ。

今回の新型コロナウイルスの影響は、中国国内、中国人、感染者が比較的多い日本、その他感染者の出た国だけの問題ではない。もちろん「made in china」に頼らなければならないグローバル化の進んだ時代、各所で影響が出ていることは最近の報道を見ても明らかなとおりだ。

現在イギリスの片田舎で生活する私にも影響が出ているのも確かだ。私はこの1週間のうち、いわゆる人種差別を少なくとも3回は経験した。1度目は近くの町に出かけた際。歩いていて突如「Coronavirus」と叫ばれた。2回目は「I am not a racist but I am looking at you」と執拗に言われた。3回目は、より身近な私の住む村の生協の前で。私が住む村は仕事の第一線からは退かれた富裕な人々が住む村なのだが、そこでも「coronavirus」と叫ばれたのだ。

何とも言えない思いだった。今までアメリカやカナダ、ヨーロッパ諸国で差別にも何度かあっているが、生活をしている場においてこのような経験を立て続けにすることは想像を超えていた。

ドイツの雑誌の表紙やフランスのタブロイド紙に掲載されたアジア人差別をあおるかのようなメディアの報道、さらにイタリアの音楽院でのアジア人への授業の一律禁止。こうしたもろもろの件は、もちろん報道で知っていた。が、「ことここまで至ったか」というのが私の感想だった。

イギリスではBREXITも重なり、いわゆる保守層が発言権を持っており、それは特に若年層に影響している感がある。私を攻撃してきたのも若年層だった。中国から避難してきたイギリス人の友人も、数年ぶりに帰った母国の右傾化に驚きを隠せず、「ディストピア」に来た気分だと言っていた。

もとからイギリスをはじめ、ヨーロッパには「外国人嫌い」の傾向がないわけではない。現在は「外国人嫌い」とBREXIT、さらに新型コロナウイルスへの恐怖が三つ巴になって同時にイギリスを襲っていると私は考えている。

新型コロナウイルスの伝染はグローバル化の進展により、驚異的なスピードだ。特に投資の多く、内陸部で大いに注目を集めていた武漢から始まったのも、現代という時代を象徴している部分ではある。昔、大航海時代にコロンブスの船団が持ち込んだ梅毒は20年をかけて世界中を恐怖に陥れたことを考えると、その感染の速さは一目瞭然である。

中国に住むすべての人々のみならず、世界中がこのウイルスの脅威にさらされている。また、それにともなう、人種へのヒステリー。これに対しても私たちはさらされている。

感染を受けてなくなった方々に哀悼の意を表すとともに、闘病されている皆様にも心からのご快復をお祈りしたい。そして、一刻も早くこのウイルスとの戦いを終えることができるように。

■筆者プロフィール:小坂 剛

1978年生まれ。東京大学大学院博士課程満期修了。専門は中国民間信仰と社会変動。子どものころから中国の歴史に興味を持ち、大学院まで専攻は中国地域文化研究。大学院修了後は高校社会科教師として勤務。上海に新設校が開校された際、上海に移り、現在はインターナショナルスクールにて様々な国の子どもたちに接し海外の教育を学びながら、文化交流活動などをプロデュースしている。趣味は陳氏太極拳。

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