<コラム>私が愛する北朝鮮の音楽、なかなか新曲を出さない理由

北岡 裕    2019年1月31日(木) 23時0分

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年が明けても北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長によるトップ外交が続いている。大きな変化が続く昨年から、私にはひとつの不満がある。それは新しい音楽が余り出てこなかったことである。写真は北朝鮮の少年団の合唱。2004年に筆者撮影。

年が明けても北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長によるトップ外交が続いている。誕生日とされる1月8日は中国で迎えた。場所は未定だがアメリカとの2度目の首脳会談も2月末までの開催が決まった。

大きな変化が続く昨年から、私にはひとつの不満がある。それは新しい音楽が余り出てこなかったことである。

これには北朝鮮の音楽の特殊な事情が大きな理由としてある。北朝鮮の音楽は日本の音楽とはもちろん、韓国のK-POPとも全く違う。称揚(しょうよう)歌、プロパガンダとしての性格を強く持ち、朝鮮労働党や最高尊厳(金日成主席、金正日総書記、金正恩委員長)を称える、また主敵であるアメリカ、韓国などへの敵愾(てきがい)心を露にする曲が多くを占める。

特に最後のアメリカ、韓国への敵愾心を露にした歌に優れたものが多い。その中からひとつ私の好きな歌の歌詞を紹介しよう。

「飛ぼう 南の空へ 滅敵の飛行機雲を伸ばそう 金正恩飛行隊はいつでも 出撃命令だけを待っている」(我らは出撃命令だけを待っている)。

歌ったのは牡丹峰楽団。日本のニュースなどでもよく紹介される美貌の女性歌手たちの楽団だ。朗々と歌う誇らしげな女性歌手の美貌と笑顔。そして豊富な語彙で埋め尽くされた歌詞。「滅敵」などということばがすぐに出てくるだろうか。相手を痛罵するための絢爛豪華な表現。辞書を引き「ミョルチョク」が「滅敵」であると知った瞬間に出るため息。

読者のみなさまにもし訪朝の機会があれば平壌の戦勝記念館を歩いてみてほしい。20代前半の若い女性兵士がガイドとしてついてくれるはずだ。そして必ず、北側の大勝利に終わった朝鮮戦争の大田の戦いの大ジオラマを案内する。時にあどけない笑顔をたたえる柔らかい表情とは真逆の「米軍ノム」「ディーンノム(ウィリアム・ディーン、朝鮮戦争当時第24歩兵師団長で階級は少将。大田の戦いで北側の捕虜となる)」ということばを、吐き捨てるように連呼するはずだ。ノムとは日本語に訳すなら奴、野郎。およそ若い女の子が使うべきことばではない。

ひとつ断っておくが私は平和主義者である。この歌の歌詞を引用するなら「金正恩飛行隊」が「南の空」へ飛び、「滅敵」することは望まない。かつての北と南の交渉での過程で出た「ソウルを火の海に」ということばの具体化も当然否定する。だが朗々と歌う女性歌手の誇らしげな笑顔から、あるいは戦勝記念館の女性兵士のあどけない表情から、繰り出される圧倒的な語彙と勇壮な音楽は、私の心を捉えて離さない。

勇壮なメロディと歌詞が私の生活を鼓舞する。例えば朝の通勤の重い歩みを軽くし、例えば目の前にやっかいなことが山積していても、北の音楽を聞けば万里馬速度で片付けることが出来る。なお、平壌の街を朝移動していると、学生や女性たちが、時に赤旗を振りながら通勤する人たちに勇壮なメロディを生演奏し、まさに鼓舞する風景を目にすることが出来る。

さて少し脱線してしまった。北の立場に立って考えれば、プロパガンダ性の強い音楽であるが故に、昨年のような大きな情勢の変化の渦中では新曲は出しにくい。新曲を出すには情勢がある程度落ち着き、先行きがある程度見える必要がある。例えば米国と首脳会談を行ったから、じゃあこれからは米国と仲良くしようという歌を出してみたら、情勢が急激に悪化したなんてことになったら目も当てられない。もちろん逆も考えられる。ある方向に国全体を導くために、歌を先に出す手段もある。

さて、金正恩委員長は今年の新年辞でこう述べていた。

「文学・芸術部門では、時代と現実を反映し、大衆の心をとらえる映画や歌謡などの文芸作品を立派に創作して民族の精神的・文化的財産を豊富にし、今日の革命的大進軍を力強く鼓舞激励しなければならない」。

革命的大進軍を力強く鼓舞激励という表現。北朝鮮の音楽をこよなく愛する私はいつでも、新曲の出現だけを待っている。

■筆者プロフィール:北岡 裕

1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。

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