内藤 康行 2018年3月9日(金) 21時0分
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先進国の水道水はおおむね直接飲用が可能だが、中国は今でも直接飲用はできていない。表面ではこの原因は送水管路の汚れが酷いとされている。しかし調べてみると、実際は中国の水ビジネス業務の致命的な欠陥が見えてくる。資料写真。
先進国の水道水はおおむね直接飲用が可能だが、中国は今でも直接飲用はできていない。表面ではこの原因は送水管路の汚れが酷いとされている。しかし調べてみると、実際は中国の水ビジネス業務の致命的な欠陥が見えてくる。どうして中国の水道水は直接飲用できないのか。
日本ではどこでも蛇口をひねれば水道水を飲むことができるが、中国人の目にはこれは想像すらできない現象として映る。2014年11月から2015年1月まで、中国水安全公益基金会は北京、上海、武漢等29の大中都市で飲用水サンプリングテストを実施した。29都市中14都市が一項目或いは多項目インデックスを合格しておらず、不合格都市は実に約半分に達する結果だった。
一般の中国人たちが知らない事は、2012年より中国ではすでに「全面的で強制的」な2006年に制定した『生活飲用水衛生基準』を実施している。この「基準」は中国史上最も厳しい水質基準と称され、従来の35項目検査インデックスを106項目に引き上げている。いくつかの検査インデックスはEU規格より厳しいとされている。
こうした厳しい基準にも関わらず、なぜ高品質な水質を得る事ができないのか?問題はどこのあるのか?
中国ではどこの水道水も直接飲用はできない。その原因は水源があまりに汚いことにある。現行の水質基準に照らせば、中国の地表水は一類の「最優」から五類の「最悪」まで五分類に分けられている。水ビジネス業界内部の共通の認識では、前三類のみが飲用可能とし、さらに水源が二類水質基準に合致していることが要求されているため、伝統的な処理方式であればこの基準をクリアできるとの認識である。
不幸にも中国の大部分の河川は全て三類水質以下で、このような水資源を利用する事はできない。『全国主要流域重点断面水質自動モニタリング週報』(2017-6-22現在)によれば全国147カ所あるモニタリングポイント中、三類水質及びそれ以下の水質モニタリングポイントは75箇所で51%を占める。
2016年、広州緑網が全国で実施した調査で発覚したのは、全国集中式飲用水水源地の汚染物基準を超過した項目は鉄、マンガン、アンモニア態チッ素、硫酸塩、フッ素化合物、モリブデン等毒性インデックスであった。季刊誌の『中国科学』でも、中国の天然水中で158種の薬物と個人看護製品、がん誘発、奇形誘発、突然異変誘発の「三大誘発」物質の基準超過は数倍に達していると指摘している。揶揄(やゆ)的な表現をすれば「さすが中国は世界の工場」である。
一方、欧州大陸に目を移せば、清澄な水はどこにでもある。欧州は71%が地下水で47%が地表水だが簡単な処理或いは一部無処理で飲用水基準をクリアしている。全体で見ると60%近くの水源は大掛かりな技術投入もせずに基準をクリアしているのだ。
欧州の現行水処理プロセスは1902年に誕生したベルギーの伝統プロセスと変わらない。この技術は地下水の処理に重複の負担が掛からず、塩素が唯一の消毒物質となっている。欧米や日本の水処理プロセスも中国にある95%の水道浄水施設と大差はないが、この水処理技術は中国にとって十分とは言えない。
よしんば水道浄水施設で使用する水源が全て純天然で無汚染であったとしても、粗末な送水管道の存在は無視できない。サンプリングテストによる基準値超過分布をみると、浄化水、管網水と管網末端水は全てで基準値を超過しているが、中でも管網水の頻度は最高である。2016年北京市街地区9000キロメートルの給水管網中、3500キロメートルの使用年限は25〜40年で、2700キロメートルの管路はすでに使用限界に達している。現在中国内の管網77.04%はダクタイル鋳鉄管、プラスチック管、鋳鉄管、鋼管等の管材を使用しており、この中で鋳鉄管と鋼管が最も多く、50年代前後に敷設されているシロモノで管道総延長の3割を占めている。
全国で見ると2015年前後の中国内600都市の平均漏損率は15%以上で、毎年給水管網の漏損による水浪費は60億トンに達する。これは約1.4億人の通年生活用水量に相当する。このうち30%の給水漏損発生は管網とのコネクション部分である。
特に都市化の急伸で全体構造にあるべき合理的な保証を難しくしている。新興都市では多くの管網と汚染排出管が隣接しており、汚水が水道水に混入する事態は日常茶飯事だ。管路内の細菌繁殖を抑制するため、「新国家基準」では水道水中に一定割合の塩素注入を規定している(管網末端水中の総残留塩素は0.05ミリグラム/L以上)。
2014年11月から2015年1月、中華社会救助基金会は中国水安全公益ファンドを使い北京、上海、武漢、南京、アモイ等29大中都市の飲用水水質のサンプリングテストを実施している。このテスト結果は惨憺(さんたん)たるもので、わずか17%の水サンプリングのみが国家基準要求をクリアしていることだ。武漢、無錫、南京、ハルビンを含む4都市で8件の水サンプリングテスト結果では総残留塩素は「0」であった。
中国の浄水施設は資金が不足している。水汚染は大気汚染と異なる。水源の浄化処理や給水管路の更新敷設はどれも難しいことではなくただ「資金と技術」があれば実現は可能である。
しかし中国の水ビジネス企業はこれまでずっと水事業は「疲弊」していると叫ぶ。事例では2012年、珠海水務集団によれば、浄水施設運営は資金不足状態にあり、企業傘下にある3カ所の浄水施設は全く高度処理技術を使えないと指摘している。2017年、長沙給水公司もしきりに苦痛を訴えている。現行の水道料金に従い、さらに汚水処理費等々の費用を控除すると1トン水販売で0.4元の赤字計上となるという。
中国の水ビジネス業界は「一定の苦衷」がある。2012年末の全国公共給水企業の赤字経営は35%に達している。またあるデータでは、2016年末の水ビジネス業界情况は好転し全国1620件の給水企業中赤字経営企業は364社であったとの報告もあるが22.47%が赤字経営である。
業界では、高度処理技術を導入するとトン水コストは0.3元程度上昇すると言われている。2011年深セン水務集団の純益は1.5億元(約25億円)、総給水量は5.56億トンであった。全て高度処理技術を導入すると1.67億元(約28億円)のコストが発生する。江西洪城水業有限公司の2016年純益は1.96億元(約33億円)、高度処理技術導入コストは0.94億元(約16億円)で純益の半分を占める。
2016年初期時点で導入された高度処理技術の浄水施設はわずか5%だが、水源質量の酷さからみて中国では20〜30%の浄水施設が高度処理技術を必要とされ今後の需要拡大が期待されている。
上述したように一部の浄水施設運営は困窮している。こうした状況を政府が支援対処する事は当然である。香港の水ビジネス市場は完全に香港政庁が一手に対処している。香港の80%水源は広東省東江に依存する。香港は直接飲用が可能だ。これは香港水務署が所有する21のろ過浄水施設は高度処理技術を導入しているからだ。彼らの水道料金は大陸に比べて廉価だ。1996年の物価上昇で、給水コストも上昇しているが香港の水道料金は変わっていない。12トン以下は無償で、13トンから1トン毎4.16香港ドル(約57円)を徴収される。260万の住民の月平均水道料金は約806円で月平均支出の0.3%に当たる。
実は彼らの浄水施設も赤字経営で、2013年〜2014年度の水務署の総支出は86億香港ドル(約1171億円)、これは20年前に比べ41億香港ドル(約558億円)上昇している。しかし同期の水道料金とその他收入はわずか約17億円しか上昇していない。この意味は20年前に比べ、浄水施設の営利能力は655億円で推移し毎年の赤字は常態化していることを示している。
香港の水ビジネス業界は政府が100%株式を保有していることから、毎年大量の財政支出がなされている。2014年〜2015年度までの水務署総支出額は90.47億香港ドル(約1232億円)、総収入は80.32億香港ドル(約1094億円)、財政補助額約10.15億香港ドル(約138億円)、一人当たり補助額は約139香港ドル(約1894円)/年間。2015年で香港水務署は200億香港ドル(約2725億円)を支出し、15年完成目標の「全面給水ネット管理計画」に従い3000キロメートルの老朽水管を更新している。
一方大陸の水ビジネスを振り返ると、過去の水ビジネスは政府の独占事業であった。新中国成立の初期飲用水は「タダ」であった、「人民のための服務」と称し国家による大量の支出で水利工程が各地で始まる。『生活飲用水衛生規程』が1959年にやっと公布されたことで1964年中国は無償給水の歴史を終える。
90年代に、政府は徐々に給排水費徴収範囲を広げたが、従来の水道料金体系には水処理コストしか含まれておらず汚水処理コストや水資源費等は含まれていなかった。このため政府は水道料金値上げ時に国民の「受入れ」を考慮することになる。所定の料金水準に一歩進めることすら容易ではなかった。
都市化の急進で水質への要求が高まり、水ビジネスの投資不足懸念が拡大する。21世紀以来、各地で陸続と水道料金改革で段階的な水道料金上昇が促進される。地方政府の財政圧迫や資本投下は日増しに厳しくなる。株式投資ファンド、上場融資、地方政府債発行等々…水ビジネス業界は市場化改革に進む。給水企業は徐々に「政府依存型」から「損益自負型」へと変貌する。水道水は「福利品」から「商品」に変化した。この変化で大陸の地方政府は進退きわまる窮地に陥る。
直近3年でいくつかの大都市の水ビジネス企業はやや快適な状況下にある。例えば重慶水務集団の2015年純益は13.68億元(約229億円)、深セン水務集団も5.63億元(約95億円)を確保している。しかし中国の水ビジネス業界の完全市場化には程遠く、結局は「政府の庇護」からの脱却を難しくしている。武漢水務集団の2016年純益は2.29億元(約38億円)、このうち政府補填は2.26億元(約37.8億円)で純益ほぼ全額を補填に依存している。
多くの水ビジネス企業は依然として「国と企業」の一対関係にある。河北保定市給水総公司は『都市給水企業基本情况』の中で、2008年から2010年までの3年間、企業の赤字は1987万元(約3.34億円)から4231万元(約7.11億円)にまで拡大していると指摘しているが、この3年間従業員の待遇は上昇基調にあり年收は2万1054元(約35.4万円)から3万2212元(約54.1万円)に上昇している。年平均増幅率は26.5%だ。
この一点を見ても決して「カネ」不足とは言えない。また水ビジネス企業はスキャンダラスである。貴州六盤水市水務公司は資金もなく新貯水池建設を始める、同社社長は2017年金品授受で免職する。こうした事案は枚挙にいとまがない。2014年河北省皇島市北戴河区自来水公司は連続して毎年1280余万元(約2.15億円)欠損を出す一方で、同社社長は収賄や公金横領で自宅から1.2億元(約20億円)が見つかっている。
中国の水ビジネス業界は、「帳簿上は赤字」と叫びながら政府財政に補填を申請し、源水費と納税の支払い免除を要求する一方で、「利益独占」を享受し職員の福利待遇は増強させている等々不法に財をむさぼっている。
マカオの給水市場の状況は悪くない。珠海水務集団はマカオ98%の原水を運用しているがマカオは高度処理技術だけでなく大部分の給水管路はダクタイル鋳鉄管に更新しており、マカオは香港と同様に直接飲用を享受している。
マカオと香港の違いは、マカオの水道事業はコンセッション経営であること。1985年マカオ政府は初めてマカオ水務に「25年間の給水経営権」を与えた。これはアジアで初の給水コンセッション経営プロジェクトでもある。2009年マカオ自来水公司はコンセッション継続契約を締結し経営期間は2030年7月7日になっている。原水費用の上昇でマカオの水道料金も当然料金調整を余儀なくされている。マカオ給水公司は一定の合理的利益を確保するため、大陸と同様「純資産收益率(ROA)」方式を採用している。しかしマカオ水道水は直接飲用が可能だが、珠海や大陸では水道水は不可能だ。これは珠海水務集団が100%独占する国有企業で、政府による解雇処分(業績不振等々でも)はないが、マカオ自来水公司とマカオ政府は通常の契約関係にあり、業務は契約にしたがって実施されている。
水質面ではマカオ政府とマカオ自来水公司は共同で76カ所のサンプリングポイントを設置し毎日サンプリングテストを行っている。検査結果に責任を持つマカオ自来水公司は基準値未達の場合罰金処分を受ける。仮に現在の給水が需要を満足できない場合、政府の権限で自来水公司に対し現有の浄水施設の改善措置や拡張工事を実施する。当然資金支出は双方のネゴマターである。
しかし大陸の水道水は通常、浄水施設の「自己検査・報告」に委ねられ、データの信頼度は大きく割引かれている。マカオで採用されている「逓増制度」をみると、政府は企業の利益と価格の調整を行い、変化とその原因についての説明責任がある。例えばなぜ利益が上がったのか?コストが上がった理由は?とかの説明が不可避だ。企業は政府に対し具体的な説明強いられるが大陸の水道事業では皆無だ。
この制度下では99%の合格率では不可だ。大陸ではコストが往往にして虚偽報告となり、データは美化され、財政出動は浄水施設の責任者により物品購入に化ける。合格率は如何様にも加工されるのが大陸水道事業の実態である。技術や適性資金が不足しているのではなく水道事業は人為的な要因で水道水の直接飲用ができないのである。
■筆者プロフィール:内藤康行
1950年生まれ。横浜在住。中学生時代、図書館で「西遊記」を読後、中国に興味を持ち、台湾で中国語を学ぶ。以来40年近く中国との関わりを持ち現在に至る。中国の環境全般とそれに関わるビジネスを専門とするコンサルタント、中国環境事情リサーチャーとして情報を発信している。
■筆者プロフィール:内藤 康行
1950年生まれ。横浜在住。中学生時代、図書館で「西遊記」を読後、中国に興味を持ち、台湾で中国語を学ぶ。以来40年近く中国との関わりを持ち現在に至る。中国の環境全般と環境(水、大気、土壌)に関わるビジネスを専門とするコンサルタント、中国環境事情リサーチャーとして情報を発信している。著書に「中国水ビジネス市場における水ビジネスメジャーの現状」(用水と廃水2016・9)、「中国水ビジネス産業の現状と今後の方向性」(用水と廃水2016・3)、「中国の農村汚染の現状と対策」(CWR定期レポ)など。
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