如月隼人 2018年2月19日(月) 19時20分
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平昌五輪でも羽生選手や小平選手の活躍で、表彰式で「君が代」が演奏されることになった。そこで改めて、この日本の国歌について考えてみたい。資料写真。
平昌冬季五輪大会の男子フィギュアスケートで羽生結弦選手が金メダル。表彰式では「君が代」が鳴り響いた。そして、スピードスケート女子500メートルも小平奈緒選手が優勝。五輪の場で再び「君が代」が演奏されることになった。そこで改めて、この日本の国歌について考えてみたい。
▼音楽としての「君が代」の意義を考える
「君が代」を日本の国歌としてどう考えるか。政治上の理由からふさわしくないと異議を唱える人もいるのは事実。曲名であり歌詞冒頭である「君が代」とは「天皇の御代」であり、日本国憲法にふさわしくないとの理屈だ。ただ、本論では歌詞に触れない。音楽面から、日本という国のあり方と「君が代」という曲の関連性について考える。
音楽面についても、「君が代」は「古臭い」などと批判的な人はいる。ただ、批判するなら、君が代の旋律をどのように位置づけるべきか、もっと考えてよいと思う。筆者の結論を先に言えば、「君が代は日本の国歌として実にふさわしい」だ。なお、本稿における音楽についての説明は、本当にざっくりとしたものになることを、ご了承願いたい。
さて、「君が代」の節回し、つまりメロディーを考えてみよう。西洋音楽とは異なる。というのは、日本の雅楽の方法で構成されているからだ。
▼「君が代」は、西洋音楽とは異なる体系による
「君が代」の演奏を聴いていただきたい。最後の部分で、何か特徴的な変化はないだろうか。そう、「和音」がなくなってしまうのだ。
西洋音楽の場合、異なる高さの複数の音を鳴らしながら曲を進行させる、つまり旋律に和音をつけることが一般的だ。この和音を伴いつつメロディーを進める技法については極めて理論的な体系が構築されている。「和声学」との名称で「学」として扱われているほどだ。
ところが「君が代」の場合、メロディーそのものが西洋音楽とは異なる。そのため最後の部分では西洋音楽流の和音を施すことができなくなってしまった。要するに西洋音楽の技法で和音をつけるとどうにも不自然になってしまう。
雅楽と西洋音楽。あるいは異なる文化体系の音楽の違いとは何なのか。「どの高さの音を使うのか」「どんな順番で使うのが自然な使い方とみなされるのか」に集約できると思う。そのことで、雰囲気が随分違ってしまう。日本の雅楽と西洋音楽も、音色の違いは別にしても、メロディーがもたらす印象が全く異なってしまう。雅楽のメロディーに西洋音楽風の和音を施すことが可能かどうかという問題も出てくる。
▼中国由来の音楽とは言い難い日本の雅楽
「雅楽」は遣唐使などにより、中国からもたらされた音楽が土台になっている。そのこと自体は間違いない。ただ、さらに詳しく調べると問題が出てくる。例えば、用語の違いだ。音楽用語の基本である、さまざまな高さの音に対して与えられた名称(音名)も異なるのだ。
雅楽では壱越(いちこつ)、断金(たんぎん)、平調(ひょうじょう)、勝絶(しょうぜつ)…といった音名が用いられる。中国の用語を使うので漢字だらけと思いたいところだが、中国で使われている音名はどうだろう。実は「黄鐘、大呂、太簇…」と、全く異なる。
どうにも不思議なので、中国人の先生に尋ねたことがある。「雅楽とはもともと、唐代に流行したシルクロードの音楽だったのでは。だから、本来の中国音楽とは用語が違う」との説明だった。
まず指摘したいのは、中国の雅楽と日本の雅楽は本質的に異なることだ。中国の雅楽とは儒教の祭礼法にのっとって演奏される厳粛な式典音楽だ。一方で、日本の雅楽のルーツは、中国の上流階級が「楽しみ」として演奏する音楽だった。サロンミュージックと言ってよい。中国では、この種の音楽は「宴楽(イェンユエ)」または「燕楽(イェンユエ)」と呼ばれていた。
▼「君が代」には古代の国際交流の痕跡が
唐代には、長安の都などでシルクロード文化が大流行した。歌舞音曲もそうだった。だから、日本の留学生も流行音楽が大好きになり、帰国してから用語を含めて唐で流行していた音楽を伝えた。中国における当時のシルクロード音楽の状況は分からなくなってしまったが、用語などを含め、その痕跡が日本の雅楽に残っている。というのが、私が教えを乞うた先生の説だった。
この説について真偽の確認はできていない。ただ、雅楽が日本にとっての外来音楽をルーツとすることは間違いない。さらに、雅楽の中には朝鮮半島やベトナムから伝えられたと記録されている曲もある。じつに国際色豊かな音楽だ。
▼自国の伝統を反映する音楽がふさわしいのでは
世界のさまざまな国歌を考えてみよう。欧米諸国の国歌が、「地元の音楽」であることは当然だ。しかし、アジアやアフリカの国までも西洋音楽のメロディーを使っているのは不自然と言えないだろうか。ちなみに、中国国歌の「義勇軍行進曲」のメロディーのベースも西洋音楽だ。
日本の「君が代」の旋律は、日本が1000年以上も培ってきた音楽によるものだ。これだけ古い特徴を残している音楽は、世界的にもまれだ。しかも、その音楽の成り立ちは、日本が中国、そしておそらくはそれ以上に広い地域からの文化を吸収して自国の文化を形成したことを反映している。
ということで筆者は、「君が代」のメロディーについて、日本の歴史と文化のありかたを象徴するすばらしい音楽と考えている。読者の皆さんはどうお考えになるだろうか。是非、お聞きしたいところだ。
■筆者プロフィール:如月隼人
日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。
1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。 Facebookはこちら ※フォローの際はメッセージ付きでお願いいたします。 ブログはこちら
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