Record China 2009年4月14日(火) 15時1分
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12日、台湾から中国本土に「亡命」した元空軍パイロットの中には「妻と離婚したかった」という極めて個人的な理由を抱えていたケースもあったことが分かった。写真は96年にハイジャック犯の指示で台湾からアモイに飛んだ当時の機長、葉徳勇氏。
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2009年4月12日、1949年の中台分断後、台湾から中国本土に「亡命」した元空軍パイロットが複数存在する。彼らが語る「亡命」理由の中には「妻と離婚したかった」という極めて個人的なものまであることが、最近になって徐々に明らかにされてきた。中国新聞網が伝えた。
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北京在住40年になる朱京蓉(ジュー・ジンロン)氏は69年5月26日、朱さんの教官である国民党空軍上尉の黄天明(ホワン・ティエンミン)氏が操縦するT−33Aジェット練習機で、台湾から中国・広州に降り立った。いわば黄氏の「亡命」の巻き添えになった形だ。休日には同じく台湾からの「亡命者」である韋大衛(ウェイ・ダーウェイ)氏や王錫爵(ワン・シージュエ)氏らと共に酒を酌み交わす。韋氏は53年に蒋介石の二男、蒋緯国の専用機で、王氏は86年に中華航空の貨物機で、それぞれ「亡命」に成功した。
韋氏と王氏の「亡命」理由は「政治的なもの」ということだが、実は全く個人的な理由を抱えていたケースも少なくない。81年にF−5F戦闘機で福建省に着陸した黄植誠(ホワン・ジーチョン)氏は「空軍でいじめに遭った」ため。89年にパラシュートで広東省に降り立った林賢順(リン・シエンシュン)氏は「自分の悪口を言いふらす妻と離婚したい」ためだと語っている。こうした真実は最近の中台両メディアの報道によって徐々に明らかにされている。(翻訳・編集/NN)
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