Record China 2008年3月11日(火) 10時11分
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元々、中国人が海外に出て卓球をするということは1980年代半ばから始まっていた。写真は韓国籍を取得し、北京五輪代表となった唐娜選手。
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【その他の写真】
中華“支配”からの脱却?〜変わる世界の卓球地図(2)
一大勢力「海外兵団」の誕生
元々、中国人が海外に出て卓球をするということは1980年代半ばから始まっていた。中国改革開放によって、国際大会で実績を挙げたあと引退した選手などが新天地を求めて、続々と海外に出始めたのである。そのほとんどは、ある一定の年齢となり峠を越えた選手であった。その中には、今も米国で現役選手として、北京五輪出場を狙っている49歳の成応華(四川省出身)がその代表格である。
その後、彼らが切り開いた『海外への道』は徐々に、中国でくすぶっていた『中レベルの選手』たちを惹きつけていく。『卓球王国』中国では、運動能力が最も優れた子ども達は卓球選手の道を選ぶことが多く、卓球人口の層は厚い。
地方レベルでも、強豪の遼寧省あたりになると、他国ならばエースになれるような逸材が一軍にも上がれないという状況が起きる。そんな選手たちが少しずつ、海外に流れ、それが徐々に拡大して、「海外兵団」と呼ばれる一大勢力に成長していくのである。
この『海外兵団』が大きな話題を呼んだのは1988年のソウル五輪のときだった。オーストリア代表として出場していた丁毅(元人民解放軍チーム)が当時、メダル獲得が確実視だれていた中国選手を予選リーグで破ったのだ。これにより、彼ら『海外兵団』の存在が中国国内でも大きくクローズアップされ、その是非が論議となった。
その後、この一大勢力の数が増加していることは先ほど指摘したとおりである。そして、この状況に対して、今回、国際卓球連盟は規制案を発表した。その内容は以下の通りである。
「国籍変更制限」の概要(2008年9月1日発効)
(1)21歳以上の選手が国籍を変更した場合、世界選手権やW杯には出場できない。
(2)15歳未満で国籍変更をした場合は3年間、15歳以上18歳未満は5年間、18歳以上21歳未満は7年間、世界選手権やW杯には出場できない。
ただし、IOCが管轄するオリンピックや連盟のプロツアーに関しては、今回の規定外となっているため、今後も該当の選手はその国を代表して出場できる。
圧倒的多数で“支持”された規制案
この規制案に対して、各国・地域の代表による投票が行われ、最終的には賛成48、反対2で可決された。反対したのは、代表選手の全てを中国大陸の元代表に頼っているシンガポールと香港で、中国は賛成にまわった。
まず、反対したシンガポールと香港はいずれも『海外兵団』の影響力が最も大きい国である。特にシンガポールは、『海外兵団』の力で、今大会、初の準優勝を飾った。人口の75パーセントを華人が占めるお国柄からも、中国とのパイプは太い。また決してスポーツ強国ではない同国にとって、卓球は数少ない国際的舞台での活躍が期待できる種目。この地位を維持したいというのは当然の考えだろう。両国とも「連盟の意図は分かるが、一刀両断に規制するやり方は良くない」と反対票を投じた。
一方、欧州諸国を始めとする国が規制案に賛成する理由は、主に『自国の選手により多くの機会を与えたい』ということである。ジュニアの頃から苦労して頑張っても、いざ国際大会という段階で、中華系の選手がやってきて、ポンと代表の椅子の座に座ってしまう…そんなことになれば国内の若手選手のモチベーションに影響する。いくら実力的に上でも、上位にずらりと“国籍変更選手”が並んでしまう状況では、将来の卓球選手を志す子ども達もやる気をなくすだろう。
規制案、中国の見方は?
では、この『規制案』の矛先が向かっている中国はどうか。前述のように中国は投票で、賛成票を投じている。男子代表の劉国梁監督は「そもそも“海外兵団”の存在は中国卓球に何ら影響を与えない。彼らは皆、年齢の高い選手、もしくは国内で淘汰された選手だからだ。」としつつ、今回の規制案について「国際的な視点から見ればいいこと」と語る。例え、中国国内でドロップアウトした選手でも、他国に行けばトップ選手となる。それによって、各国の協会が選手の育成を怠っているという状況が多く見られるからだ。
ただ選手サイドでは、意見は異なる。中国のある選手は「いずれにしても海外に出てプレーするつもりはない」と断言する。彼は決して一流ではない選手だが、今のところ、国内大会やプロリーグなどに出場していれば十分な収入になるという。敢えて、国籍を変えてまで海外でプレーする必要はないということだろう。かつて中国が貧しかったころは、海外に出ることは大きな夢であり、高い収入への近道であった。だが、国全体の経済力も高まり、国内リーグを支える企業の力も強まった今、国外に出るメリットも薄れているというのが実際のところだろう。
『海外兵団』の一員はこう見る
一方、『海外兵団』の一人でシンガポールの主力選手、リー・ジアウェイ(北京出身)は反対意見を唱える。「国内は選手の数が過剰気味でチャンスが少ない。海外に行くのは、あくまで生計を立てるため、生活のためだ。一律の規制はおかしい」。
各選手とも、海外に出る理由は異なっている。『生計を立てるためやむなく出国する選手』と中国国内でも十分機会があるにもかかわらず、敢えて高い収入などを求めて出国する選手などを一律に、その年齢のみで規制するのはおかしい、ということだろう。
またオランダ代表として五輪出場が決まっているリー・ジアオ(36歳・山東省出身)は『オランダで短期間に自国の選手を育てることは不可能。レベルの高い海外選手が引っ張らなければオランダ卓球はだめになる』と語る。
彼ら『海外兵団』の選手たちに共通しているのは、『自分たちの存在が世界の卓球を引っ張っている』という誇り。確かに、彼らが今後引退すれば、その国の指導者として、より高いレベルの育成ができるようになるだろうし、現時点では若手の台頭に障害があっても、長い目で見れば、『海外兵団』の役割は大きい、という見方もありうる。
変わるか…「中国支配」の国際卓球界
ただ、やはり現在の「海外兵団」は中国の第一線でやれない選手の受け皿的な意味合いが強い。中国の育成サイドとしては、こういった受け皿があることで、安心して選手育成ができるというメリットはあるのだろうが、それをいいことに、どんどん中国選手に進出されたのでは、相手国にとってはいいことだけとは限らない。
卓球の世界大会が完全な個人戦ならともかく、国別団体戦が行われたり、国・地域ごとに出場枠が決められたりと、あくまで『国・地域』単位で動いている以上、やはり公平性を保つため、また自国選手の保護のため、ある程度の規制をかけることはやむをえない。
もちろん、スポーツの国際化が進んでいる今日、やみくもに卓球界を国家という枠に縛りつけて置くというのは合理的ではない。
ただ一つの国の卓球界を盛り上げるには、一流選手を押し込むだけが方法ではないはず。今後はむしろ、指導者間の交流や選手の技術交流などがしやすくなるようなシステムを作り上げていくべきだろう。
さまざまな各国、各選手の思惑が絡む今回の改革…ただ、これまで中華系の選手たちが『統治』してきた世界の卓球界が、これによって、どう変わっていくのかが興味深い。
<注:この文章は筆者の承諾を得て個人ブログから転載したものです>(了)
■筆者プロフィール:朝倉浩之
奈良県出身。同志社大学卒業後、民放テレビ局に入社。スポーツをメインにキャスター、ディレクターとしてスポーツ・ニュース・ドキュメンタリー等の制作・取材に関わる。現在は中国にわたり、中国スポーツの取材、執筆を行いつつ、北京の「今」をレポートする中国国際放送などの各種ラジオ番組などにも出演している。
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