<コラム>台湾・蔡英文総統の「先住民族に対する謝罪」全文(第3回)―全国民に正義ある多元的国家の樹立を要請

如月隼人    2016年8月5日(金) 20時10分

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「お詫び」の最後の方で目立つのは、今後の推移については政府の責任と明言する一方、国民に対して「正義ある国」、「多元的で公平な国」を打ち立てることを要請したことだ。写真は台湾総統府の公式サイトより。

台湾・蔡英文総統が1日に行った「先住民族に対するお詫び」の全訳版の最終回を掲載する。「お詫び」の最後の方で目立つのは、今後の推移については政府の責任と明言する一方、国民に対して「正義ある国」、「多元的で公平な国」を打ち立てることを要請したことだ。

考えてみれば、先住民族の権利を保護すれば、逆に既得権と認識していた権利を制限される人も出てくるはずだ。そのため、蔡総統の方針がそれほど順風満帆に進むとは期待しがたい面もある。蔡総統はまずは理念を先行させることにして、政権側の責任を明確にした上で、国民に対して求めることを包み隠すことなく表明したことになる。

なお、以下の部分では日本で一般的に用いられる「先住民」ではなく、台湾での表記の「原住民族」を用いた。

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私はここに、宣言いたします。総統府は「原住民族歴史の正義と移行期の正義委員会」を設置いたします。私は国家元首の身分をもって、自らが招集人となり、各民族の代表とともに、歴史の正義を追求します。さらに対等の立場でこの国の今後の政策方針を協議します。

私は総統府の委員会が最も重視するのは、国家と原住民族の対等な関係だと強調します。各民族の代表を代表選びは、平埔族を含めて各民族と集落の共通認識を土台にします。このメカニズムは、それぞれの原住民族の集団自決権のメカニズムであり、その民族の人の心の声を正しく伝えることのできるものです。

その他、私は行政院(台湾政府)に対して、「原住民族基本法推進会」を定期的に招集することを要求します。委員会において形成された政策についての共通認識により、今後の政府は各レベルにおいて、関連する実務をすりあわせ、処理することになります。この実務は歴史の記憶を追い求め、原住民族の自治の推進、経済の公平な発展、教育と文化の伝承、健康の保障、さらに都市部に住むエスニック・グループの権益保護などを含みます。

現代の法体系と原住民族の伝統文化に齟齬(そご)がある点に対しては、私たちは文化に対して鋭敏に対応する「原住民族法律サービスセンター」を設立し、制度を確立することで、原住民族の伝統習慣と現行の国家の法的規範の間で増加しつつある衝突を緩和します。

私は政府関連部門に、原住民族が伝統的な習慣にもとづき、伝統的な範囲内において、基本的に商業取引以外の必要のために、保護対象になっていない動物の狩猟を行ったことを理由に発生した訴訟や判決については、即刻、整理に着手することを要求します。これらの案件について、解決のための方策を研究し討論いたします。

私は政府関連部門に、蘭嶼において放射性物質を保管することを決めた経緯について、真相を調査し報告することを要求します。放射性物質の最終処置を決める前に、ヤミ族の人には妥当な保障をせねばなりません。

同時に、平埔族のエスニック・グループの自己認識(解説参照)を尊重し、(民族としての)身分を承認するとの原則のもとで、9月30日までに関連法を検討し、平埔族としてふさわしい権利と地位を獲得させます。

今年の11月1日には、私たちは「原住民族伝統地」の区分けと公告を始めます。「集落公法人制度」については、私たちはすでに着手しました。将来は原住民族自治の理想を、一歩一歩実現しています。原住民族が最も重視する「原住民族自治法」、「原住民族土地および海域法」、「原住民族言語発展法」などの法案作成の作業を加速し、立法院(国会)に送り審議させます。

本日午後、私たちは全国原住民行政会議を招集します。同会議で、政府は多くの政策について説明いたします。今後は毎年8月1日に、行政院は全国人民に対して原住民族歴史の正義と移行期の正義の実行度についての報告をします。原住民族基本法の実現と原住民族歴史の正義と移行期の正義の達成、原住民族自治の基礎確立は、民族政策における政権の三大目標です。

私は、この場にいる、そしてテレビやインターネットの前にいる原住民族の友すべてに、証人になっていただきます。皆さんを監督人としてお招きするのです。押し付けるのではありません。皆さまのお力をもって、政府を鞭撻(べんたつ)し、指導し、政府が承諾したことを実現し、過去の誤りを正せるよう、お力をください。

私はすべての原住民族の友に感謝します。あなた方は、この国のすべての人、踏みしめる大地、そして古い伝統にはかけがえのない価値があることを示してくれました。これらの価値に尊厳を持たせねばなりません。

私たちは将来、政策の推進を通じて、次世代の人々、さらにその先の世代の人々、そして台湾の土地に住むすべてのエスニック・グループの人々について、彼らが民族の言葉を失ったり、記憶を失ったり、自らの文化の伝統が疎外されたり、自らの土地で流浪したりする事態を発生させません。

私は社会全体に対して私たちの歴史を知り、私たちの土地を知り、私たちのさまざまなエスニック・グループの文化を知ろうと共に努力するよう要請します。和解に向け歩み、共存と共栄に向け歩み、台湾の新たな未来に向け歩むのです。

私は国民すべてに、本日という機会を通じて、ひとつの正義ある国家、ひとつの真に多元的かつ平等な国家を共に打ち建てる努力をすることを要請します。

本日はひとつの始まりにすぎません。和解ができるかどうかの責任は、原住民族および平埔族のエスニック・グループ側にあるのではありせん。政府にあるのです。口でお詫びを言うだけではだめだということは分かっています。政府は今から、原住民族のためにできる一切のことをいたします。これこそが、この国が真の若いができるかどうかの鍵になるのです。

ありがとうございました。

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◆解説◆

民族とは、一定の文化的特徴を基準にしてたと区別される人々のグループだが、民族の分類作業はそれほど単純ではない。例えば、Aという一群の人々と、Bという一群の人々が、言語や習慣、生活方式など極めて近かったとしても、自らは「別のグループ」との強い意識を持っている場合や、逆に、相当に違いがあっても「同じひとつのグループに帰属している」と認識している場合があるなど、さまざまなケースがあるからだ。専門家の間でも、民族分類の基準についてはさまざまな議論がある。

台湾の原住民族は、実際には多くの民族の総称だ。政治上はこれまでアミ族、パイワン族、タイヤル族など16の民族が公認されてきた。2007年には、それまでアミ族に含められていたサキザヤ族が独立した民族として認められ、08年にはセデック族が独立した民族として認められ、14年にはそれまでツォウ族に含められていたカナカナブ族、サアロア族も独立した民族として認められるなど、民族としての承認は現時点も続いていると言える。

一方、漢人がやってくる以前から平野部に住んでいた人々は平埔族と総称されるが、サオ族とクバラン族だけが原住民族として認められた。漢人との同化が早くから進み、戦後の漢化政策もあり民族としての意識が希薄したことが大きな原因だ。

蔡英文政権は今後、平埔族についても個別の民族認定を進める方針だ。(8月5日寄稿)

■筆者プロフィール:如月隼人

日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。

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