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2007年12月30日、2003年に子宮頸がんで亡くなったアニタ・ムイの4回目の命日にあたるこの日、ファンや羅君左らタレント仲間による追悼会が行われた。
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2007年12月30日、2003年に子宮頸がんで亡くなったアニタ・ムイ(梅艶芳)の4回目の命日にあたるこの日、ファンや羅君左らタレント仲間による追悼会が行われた。
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20年以上にわたってアニタと親交があり、親友として知られる羅君左はこのほど、アニタとの思い出を綴った「不可能再遇上 Anita梅艶芳」を出版している。羅君左によると、一番忘れられない出来事は、死亡する約2か月前に行われた最後の誕生パーティーで、アニタの母親が傍らでずっと泣いていたという。
また、2003年4月に自ら命を絶ったレスリー・チャン(張国栄)について、羅君左は「彼が自殺する少し前、アニタに“今から飛び降りる”と電話があった。彼女はその言葉を信じなかったが、その事がずっと彼女を苦しめていた」と、驚きの事実を明かしている。(翻訳・編集/Mathilda)
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